弁名 / 仁
有稱仁人而曰仁者。如三仁以德。如管仲以功。二者皆以安民言之。宋儒求仁於心。故其說至管仲而窮矣。仁齋亦求諸心。其所以異於宋儒者。唯不言天理人欲已。故其說亦至管仲而窮矣。其謬可見已。
新字:有称仁人而曰仁者。如三仁以徳。如管仲以功。二者皆以安民言之。宋儒求仁於心。故其説至管仲而窮矣。仁斎亦求諸心。其所以異於宋儒者。唯不言天理人欲已。故其説亦至管仲而窮矣。其謬可見已。
書き下し
仁人を称して仁と曰ふ者有り。三仁の如きは徳を以てし、管仲の如きは功を以てす。二者皆民を安んずるを以て之を言ふ。宋儒は仁を心に求む。故に其の説管仲に至りて窮まる。仁斎も亦た諸を心に求む。其の宋儒に異なる所以の者は、唯だ天理人欲を言はざるのみ。故に其の説も亦た管仲に至りて窮まる。其の謬り見るべきのみ。
現代語訳
仁の人を称えて「仁」と言う場合がある。殷の三仁(微子・箕子・比干)は徳によって、管仲は功績によってそう呼ばれた。どちらも民を安らかにしたことによって言うのである。宋儒は仁を心に求めた。だからその説は管仲のところで行き詰まる。仁斎もまた仁を心に求めた。宋儒と違うのは、天理・人欲を言わないことだけである。だからその説もまた管仲のところで行き詰まる。その誤りは明らかである。
解説
孔子は、主君の仇に仕えた管仲を「其の仁に如かんや」と称えた。心の純粋さで仁を測る宋儒や仁斎にとって、管仲は説明のつかない難題だった。徂徠の答えは単純で、仁は安民の徳だから、民を夷狄の支配から守り天下を安定させた管仲の功績はまさに仁だというのである。殷の三仁は徳で、管仲は功で仁と呼ばれ、どちらも民を安んじた点で同じである。人の評価を内面の清らかさだけで決めると、大きな仕事をした人を正当に評価できない。成し遂げた結果が多くの人を救ったかどうかも見るべきである。
この章句が説くこと
仁管仲功績安民評価論語
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論語・憲問篇子路曰く、「桓公、公子糾を殺す。召忽之に死し、管仲は死せず。」曰く、「未だ仁ならざるか。」子曰く、「桓公、諸侯を九合し、兵車を以てせざるは、管仲の力なり。其の仁に如かんや、其の仁に如かんや。」
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『童子問』卷上問ふ、管仲は覇者の臣なり。故に孟子は其の王道を知らざるを譏る。而るに夫子其の仁を許す者は、何ぞや。曰く、仁の成徳は、其の利沢恩恵、遠く天下後世に被るに足りて極まる。堯典に曰く、「四表に光被し、上下に格る」と。堯の仁なり。詩に曰く、「於戯、前王忘れられず」と。文武の仁なり。管仲の志の才の若きは、甚だ大なり。其の志は区区として政事を修め斉国を善くするの間に在らず。将に以て頽綱を振るひ生民を拯ひて、利沢を後世に貽さんとす。其の才も亦之に称ふ。故に夫子曰く、「管仲桓公を相けて諸侯に覇たらしめ、天下を一匡す。民今に到るまで其の賜を受く。管仲微かりせば、吾其れ被髪左衽せん」と。又曰く、「桓公諸侯を九合して、兵車を以てせざるは、管仲の力なり。其の仁に如かんや、其の仁に如かんや」と。集註に謂ふ、「未だ仁人為らずして、仁の功有り」と。其の意蓋し此を以て仁と為さずして、徒に仁の功有りと為すなり。然れども子路曰く、「未だ仁ならざるか」と。子貢曰く、「管仲は仁者に非ざるか」と。夫子一たびは答ふるに「其の仁に如かんや、其の仁に如かんや」を以てし、一たびは答ふるに「民今に到るまで其の賜を受く」を以てす。是れ直ちに仁を以て之を許すなり。子当に意を以て理会すべし。
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『童子問』卷上問ふ、聖人の仁と管仲の仁と、是れ同じきか、是れ同じからざるか。曰く、同じ。堯舜の仁は、猶ほ大海の水の汪汪洋洋として涯涘すべからざるがごときなり。管仲の仁は、猶ほ数尺の井泉の観るに足らずと雖も、然れども旱歳に遇へば則ち亦以て灌漑の利に資すべきがごとし。大小の差有りと雖も、豈に之を水に非ずと謂ひて可ならんや。子文・文子に至りては、則ち猶ほ瓶罌の水の、力を極めて負担すと雖も、数斗の多きに過ぎず、其の用限り有りて、之を水と謂ふに足らざるがごときなり。
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孔子家語・致思子路孔子に問いて曰わく、「管仲の人と為り何如。」 子曰わく、「仁なり。」 子路曰わく、「昔管仲襄公に説くも、公受けず、是れ辯ならざるなり。公子糾を立てんと欲するも能わず、是れ智ならざるなり。家斉に残わるるも、憂色無し、是れ慈ならざるなり。桎梏せられて檻車に居るも、慚づる心無し、是れ醜無きなり。射る所の君に事う、是れ貞ならざるなり。召忽之に死し、管仲死せず、是れ忠ならざるなり。仁人の道、固より是くの若きか。」 孔子曰わく、「管仲襄公に説くも、襄公受けざるは、公の闇きなり。子糾を立てんと欲するも能わざるは、時に遇わざるなり。家斉に残わるるも憂色無きは、是れ権命を知ればなり。桎梏せられて慚づる心無きは、自ら裁くこと審らかなればなり。射る所の君に事うるは、変に通ずればなり。子糾に死せざるは、軽重を量ればなり。夫れ子糾未だ君と成らず、管仲未だ臣と成らず。管仲は義を才度し、管仲束縛に死せずして功名を立つるは、未だ非とす可からざるなり。召忽死すと雖も、過ちて仁を取る、未だ多しとするに足らざるなり。」
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論語・憲問篇子貢曰く、「管仲は仁者に非ざるか。桓公、公子糾を殺すに、死する能わず、又之を相く。」子曰く、「管仲、桓公を相けて、諸侯に霸たり、天下を一匡す。民今に到るまで其の賜を受く。管仲微かりせば、吾其れ髪を被り衽を左にせん。豈に匹夫匹婦の諒を為すが若く、自ら溝瀆に経れて、之を知らるること莫からんや。」
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『童子問』卷上孔子の仁を問ふ。曰く、夫子管仲の仁を称して曰く、「民今に到るまで其の賜を受く。管仲微かりせば、吾其れ被髪左衽せん」と。夫子の仁の若きは、実に天地と準しく、管仲に度越すること、奚ぞ翅に億万のみならんや。夫子より今に到るまで、殆ど二千有余歳、四海九州、人皆善を善として悪を悪とし、君臣父子夫婦昆弟朋友の交はり、各々其の倫を叙することを得て、左衽の俗と為らざる者は、悉く夫子の賜なり。人皆夫子の教への中に在りて、夫子の教への大なるを知らず。猶ほ人の天地の内に囿まれて、天地の大為るを知らざるがごとし。夫子微かりせば、藉令ひ人皆化して鬼と為り蜮と為らずとも、而も三綱淪み九法斁れ、天下其の天下為ることを得ざらん。於戯、大なるかな。宋人、一古刹の梁上に「天孔子を生ぜずんば、万古長夜の如し」の十大字を書せるを見る。終に千古の名言と為る。宜なるかな。
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