弁道 / 第二十五則
六經殘缺。縱其完存。亦古時言也。安能一一得其義弗謬乎。故後之解六經者。皆牽强耳。大氏後儒以一物不識爲恥。殊不知古所謂知者貴知於仁也。孔子未嘗以好知爲敎焉。今之學者當以識古言爲要。欲識古言。非學古文辭不能也。前漢去孔子時未遠。故解經多傳授之說。至後漢漸失古義。然韓愈未出。文章未變。古言尙有存者。故博讀秦漢至六朝之書。熟讀玩味以求之。庶或得之哉。然吾亦不欲學者因吾言以廢宋儒及諸家之說也。古今邈矣。六經殘缺。要不得不以理推之。以理推之者。宋儒爲之嚆矢焉。祇其理之未精也。是以滯乎理。精之又精之。豈有宋儒及諸家之過哉。且學問之道。貴乎思。方思之時。雖老佛之言。皆足爲吾助。何况宋儒及諸家之說乎。
新字:六経残欠。縦其完存。亦古時言也。安能一一得其義弗謬乎。故後之解六経者。皆牽強耳。大氏後儒以一物不識為恥。殊不知古所謂知者貴知於仁也。孔子未嘗以好知為教焉。今之学者当以識古言為要。欲識古言。非学古文辞不能也。前漢去孔子時未遠。故解経多伝授之説。至後漢漸失古義。然韓愈未出。文章未変。古言尚有存者。故博読秦漢至六朝之書。熟読玩味以求之。庶或得之哉。然吾亦不欲学者因吾言以廃宋儒及諸家之説也。古今邈矣。六経残欠。要不得不以理推之。以理推之者。宋儒為之嚆矢焉。祇其理之未精也。是以滞乎理。精之又精之。豈有宋儒及諸家之過哉。且学問之道。貴乎思。方思之時。雖老仏之言。皆足為吾助。何況宋儒及諸家之説乎。
書き下し
六経は残欠す。縦ひ其れ完存すとも、亦た古時の言なり。安くんぞ能く一一其の義を得て謬らざらんや。故に後の六経を解する者は、皆牽強のみ。大氐後儒は一物を識らざるを以て恥と為す。殊に知らず、古の所謂知者は知を仁に貴ぶなり。孔子未だ嘗て知を好むを以て教へと為さず。今の学者は当に古言を識るを以て要と為すべし。古言を識らんと欲せば、古文辞を学ぶに非ずんば能はず。前漢は孔子の時を去ること未だ遠からず、故に経を解するに伝授の説多し。後漢に至りて漸く古義を失ふ。然れども韓愈未だ出でず、文章未だ変ぜず、古言尚ほ存する者有り。故に博く秦漢より六朝に至るの書を読み、熟読玩味して以て之を求むれば、庶はくは或いは之を得んか。然れども吾も亦た学者の吾が言に因りて以て宋儒及び諸家の説を廃するを欲せざるなり。古今邈かなり。六経は残欠す。要するに理を以て之を推さざるを得ず。理を以て之を推す者は、宋儒之が嚆矢と為る。祇だ其の理の未だ精ならざるなり。是を以て理に滞る。之を精にし又た之を精にせば、豈に宋儒及び諸家の過ち有らんや。且つ学問の道は思ふを貴ぶ。方に之を思ふの時、老仏の言と雖も、皆吾が助けと為るに足る。何ぞ況んや宋儒及び諸家の説をや。
現代語訳
六経は欠けて不完全である。たとえ完全に残っていたとしても、古代の言葉である。どうして一つ一つその意味を誤りなく得られようか。だから後世の六経の解釈は、どれもこじつけである。おおよそ後世の儒者は、一つの物でも知らないことを恥とする。古代のいわゆる知者は、仁において知ることを貴んだのだということを知らないのだ。孔子は知を好めと教えたことは一度もない。今の学ぶ者は、古代の言葉を知ることを要とすべきである。古代の言葉を知ろうとするなら、古文辞を学ぶほかに方法はない。前漢は孔子の時代からまだ遠くなかったので、経書の解釈には師から伝えられた説が多い。後漢になると次第に古い意味が失われた。しかし韓愈がまだ現れず文章がまだ変わっていなかったので、古代の言葉はなお残っていた。だから秦・漢から六朝までの書を広く読み、熟読し味わってそれを求めれば、あるいは得られるかもしれない。しかし私は、学ぶ者が私の言葉によって宋儒や諸家の説を捨て去ることも望まない。古今は遠く隔たり、六経は欠けている。結局は理によって推し量らざるをえない。理によって推し量ることの先駆けは宋儒である。ただその理がまだ精密でなかったので、理に滞ったのである。精密にし、さらに精密にしていけば、どうして宋儒や諸家のような誤りがあろうか。そのうえ学問の道は考えることを貴ぶ。考えているときには、老子や仏教の言葉でさえ、みな自分の助けとなる。まして宋儒や諸家の説はなおさらである。
解説
この章句が説くこと
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