格言聯璧 / 接物類・寬厚の人は吾師として量を養ふ
觀貧賤人,當觀其度量,如寬宏坦蕩者,則其福必臻,而其家必裕。 寬厚之人,吾師以養量。慎密之人,吾師以煉識。 慈惠這人,吾師以禦下。儉約之人,吾師以居家。
新字:観貧賤人,当観其度量,如寛宏坦蕩者,則其福必臻,而其家必裕。 寛厚之人,吾師以養量。慎密之人,吾師以煉識。 慈恵這人,吾師以禦下。倹約之人,吾師以居家。
書き下し
貧賤の人を觀るには、當に其の度量を觀るべし、寬宏坦蕩なる者の如きは、則ち其の福必ず臻り、而して其の家必ず裕かならん。 寬厚の人は、吾師として以て量を養ふ。慎密の人は、吾師として以て識を煉る。 慈惠なる這の人は、吾師として以て下を禦む。儉約の人は、吾師として以て家に居る。
現代語訳
貧しく身分の低い人を見るときは、その度量を見るべきです。心が広くおおらかな人なら、その福は必ずやって来て、その家は必ず豊かになるでしょう。 寛大で温厚な人を、私は師として度量を養います。慎み深く綿密な人を、私は師として見識を鍛えます。 慈しみ深く恵み深い人を、私は師として下の者を治めます。倹約する人を、私は師として家を営みます。
解説
前の単位の「富貴の人は気概を観よ」と対になり、貧賤の人は度量を観よ、心が広くおおらかなら必ず福が来ると述べます。富める人には温厚さを、貧しい人には度量の広さを見るという、境遇に応じた人の見方です。後半から次の単位にかけては、「吾師として以て」の形で、身近な人のそれぞれの長所を師とする一連の句が始まります。寛厚な人からは度量を、慎密な人からは見識を、慈恵な人からは人の治め方を、倹約な人からは家の営み方を学ぶというのです。一人の完璧な師を探すのではなく、周りの人の長所を一つずつ師とする姿勢は、論語の、三人行けば必ず我が師ありという言葉に通じます。職場の同僚一人ひとりから何を学べるか、考えてみたくなる一則です。
この章句が説くこと
師友学問度量接物謙虚
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