塩鉄論 / 殊路篇
大夫曰:「性有剛柔、形有好惡、聖人能因而不能改。孔子外變二三子之服、而不能革其心。故子路解長劍、去危冠、屈節於夫子之門、然攝齊師友、行行爾、鄙心猶存。宰予晝寢、欲損三年之喪。孔子曰:『糞土之墻、不可杇也』、『若由不得其死、然。』故內無其質而外學其文、雖有賢師良友、若畫脂鏤冰、費日損功。故良師不能飾戚施、香澤不能化嫫母也。」
新字:大夫曰:「性有剛柔、形有好悪、聖人能因而不能改。孔子外変二三子之服、而不能革其心。故子路解長剣、去危冠、屈節於夫子之門、然摂斉師友、行行爾、鄙心猶存。宰予昼寝、欲損三年之喪。孔子曰:『糞土之墻、不可杇也』、『若由不得其死、然。』故内無其質而外学其文、雖有賢師良友、若画脂鏤冰、費日損功。故良師不能飾戚施、香沢不能化嫫母也。」
書き下し
大夫曰く、性に剛柔有り、形に好惡有り、聖人は因る能うも改むる能わず。孔子は外に二三子の服を變うるも、而も其の心を革むる能わず。故に子路は長劍を解き、危冠を去り、節を夫子の門に屈す、然れども齊を攝して師友たるも、行行爾として、鄙心猶お存す。宰予は晝寢ね、三年の喪を損ぜんと欲す。孔子曰く、『糞土の墻は、杇るべからず』、『由の若きは其の死を得ざらん、然り』と。故に內に其の質無くして外に其の文を學ぶは、賢師良友有りと雖も、脂に畫き氷に鏤むるが若し、日を費やし功を損ず。故に良師も戚施を飾る能わず、香澤も嫫母を化する能わざるなり。
現代語訳
大夫が言った。「人の性には剛と柔があり、姿かたちには美醜がある。聖人はそれに沿うことはできても、変えることはできない。孔子は弟子たちの服装は外から変えられたが、その心を改めることはできなかった。だから子路は長剣を解き、高い冠を捨て、先生の門で節を屈した。それでも裾をつまんで師友の礼をとりながら、意気軒昂として、粗野な心はなお残っていた。宰予は昼寝をし、三年の喪を短くしようとした。孔子は言った、腐った土の塀は上塗りできない、と。また、子路のような者は畳の上では死ねまい、そのとおりになった、と。だから内側に素地がないまま外側の文だけを学ぶのは、賢い師や良い友がいても、脂に絵を描き氷に彫刻するようなものだ。日を費やし労力を損なう。だから良い師でも醜い者を美しくはできず、香油でも醜女を変えることはできない」
解説
この章句が説くこと
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