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弁道 / 第十則

先王之道。安天下之道也。後世言經濟者。莫不祖述焉。然後世更封建郡縣。而先王之道。爲世贅旒。故世之稱先王者。廼所謂以經術緣飾吏治是已。大氏封建之道。其於民猶且有家人父子意。至於郡縣。則唯法是仗。截然大公。無復恩愛。加之隋唐後。科擧法興。士習大變。所務帋列。詳備明鬯。是其至者已。士生於其世。法家之習。淪於骨髓。故其談道解經。亦從其中來。是烏知所謂道術者乎。宋儒所貴。綱目悉擧。巨細曲盡。豈足以爲先王之道也。

新字:先王之道。安天下之道也。後世言経済者。莫不祖述焉。然後世更封建郡県。而先王之道。為世贅旒。故世之称先王者。廼所謂以経術縁飾吏治是已。大氏封建之道。其於民猶且有家人父子意。至於郡県。則唯法是仗。截然大公。無復恩愛。加之隋唐後。科挙法興。士習大変。所務帋列。詳備明鬯。是其至者已。士生於其世。法家之習。淪於骨髄。故其談道解経。亦従其中来。是烏知所謂道術者乎。宋儒所貴。綱目悉挙。巨細曲尽。豈足以為先王之道也。

書き下し

先王の道は天下を安んずるの道なり。後世の経済を言ふ者、祖述せざるは莫し。然れども後世封建郡県を更へて、而して先王の道、世の贅旒と為る。故に世の先王を称する者は、廼ち所謂経術を以て吏治を縁飾する是れのみ。大氐封建の道は、其の民に於けるや猶且つ家人父子の意有り。郡県に至りては、則ち唯法のみ是れ仗り、截然として大公、復た恩愛無し。加之、隋唐の後、科挙の法興りて、士習大いに変ず。務むる所は紙列にして、詳備明鬯、是れ其の至れる者のみ。士其の世に生まれ、法家の習ひ骨髄に淪む。故に其の道を談じ経を解するも、亦た其の中より来たる。是れ烏くんぞ所謂道術なる者を知らんや。宋儒の貴ぶ所、綱目悉く挙がり、巨細曲さに尽くす。豈に以て先王の道と為すに足らんや。

現代語訳

先王の道は天下を安んずる道である。後世、経世済民を論じる者で、これを手本としない者はいない。しかし後世、封建制が郡県制に改められて、先王の道は世の中の飾り物になってしまった。だから世間で先王を称えるのは、いわゆる経書の学問で役人の政治を飾り立てることにすぎない。おおよそ封建の道は、民に対してなお家族の親子のような情があった。郡県制になると、ただ法だけを頼みとし、きっぱりと公平で、もはや恩愛はない。そのうえ隋・唐以後に科挙の制度が起こり、士の気風は大きく変わった。務めるのは紙の上の文章であり、詳しく備わり明快であることが最上とされた。士はそういう世に生まれ、法家の習いが骨の髄までしみ込んでいる。だから道を語り経書を解釈するのも、その中から出てくる。これでどうして道術というものが分かろうか。宋儒が貴ぶのは、綱目がすべて挙がり、大小のことが細かく尽くされていることである。これがどうして先王の道と言えようか。

解説

第十則は、先王の道が後世の制度の中でどう変質したかを論じる。封建の世には君と民の間に親子のような情があったが、郡県制では法だけが頼りになり、さらに科挙によって士は紙の上の文章の詳しさと明快さを競うようになった。法家の習いが骨髄にしみた士が経書を解しても、先王の道術は分からないと徂徠は言う。宋儒の綱目を細かく尽くす学風もその延長だとする。規則と書類の完璧さが目的化すると、人を養う情が失われるという指摘は、官僚化した組織への鋭い批評として今も響く。

この章句が説くこと

先王法家科挙封建政治官僚

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