万民徳用 / 武士日用・答その二後半
二、遊山活計觀樂の心。三、義理をしらざる心。四、因果の理をしらざる心。五、無常幻化をしらざる心。六、名聞利養を思ふ心。七、花美奢心。八、狐疑不信の心。九、物にすき好む一切着の心。十、怯弱にして勇のなき心。十一、慳貪無慈悲の心。十二、他の是非を思ふ心。十三、我執自慢の心。十四、愛念嫉妬の心。十五、恩をしらざる心。十六、諂証諂曲の心。十七、生死を忘るゝ心。又喜怒憂思悲恐驚の七情あり。此の七情より萬病發るといへり。如此の心は、黒闇の中より出る心にして、品々限なしといへども、右の旨を以て察すべし、唯是れ執着を体として出るが故に、念々に發るに隨て、其念に負て本心を失ひ、苦惱して沈む心也。此の沈む心に住する時、忽ち出て死せよといは、苦患强かるへし。去れは己に勝つを賢とし、己か心に負てなやむを愚とす。己か心に勝ち得る時は、萬事に勝ちて、物の上と成て自由なり。己か心に負くる時は、萬事に負て物の下と成て、うかふ事あたはす。心に心を着けて、强く守るへし。「心こそ心まとはす心なれ心に心こゝろゆるすな。」此の歌尤も至極せり。心を恣にする時は、着相の念增長して、三途に落入るなり。心を殺し得る時は、直に佛果に至るなり。古語に殺生せよ殺生せよ、刹那も殺生せざれは、地獄に入ると矢のごとし。如此の語に眼を着くへし。正法念經に、智者常懷憂。如似獄中囚。愚者常歡樂。猶如光音天。佛說如此、先賢の用心皆以て猶疎なるべからす。一大事といふ事を能くしるべし。何ぞ夢幻の此の身を愛樂して、泥犂に沈みはてんや。時々に心を改むへし。我心面にあらはれいでんには、人中に交りかたかるへし。偏に慚愧の心强くして、正直の旨に住し、離相離名の大願力を發し、一切を放下して、勇猛精進の信力を以て身命を捨て、切に急に無上の道にすゝむへし。此の心晝夜閒斷なく、通身堅固に夢中ともに守て、久々に純熟せは、自然に內外打成一片と成て、忽然として大夢さめて、佛法世法共に成就して、竪窮三際橫亙十方へし。
新字:二、遊山活計観楽の心。三、義理をしらざる心。四、因果の理をしらざる心。五、無常幻化をしらざる心。六、名聞利養を思ふ心。七、花美奢心。八、狐疑不信の心。九、物にすき好む一切着の心。十、怯弱にして勇のなき心。十一、慳貪無慈悲の心。十二、他の是非を思ふ心。十三、我執自慢の心。十四、愛念嫉妬の心。十五、恩をしらざる心。十六、諂証諂曲の心。十七、生死を忘るゝ心。又喜怒憂思悲恐驚の七情あり。此の七情より万病発るといへり。如此の心は、黒闇の中より出る心にして、品々限なしといへども、右の旨を以て察すべし、唯是れ執着を体として出るが故に、念々に発るに随て、其念に負て本心を失ひ、苦悩して沈む心也。此の沈む心に住する時、忽ち出て死せよといは、苦患強かるへし。去れは己に勝つを賢とし、己か心に負てなやむを愚とす。己か心に勝ち得る時は、万事に勝ちて、物の上と成て自由なり。己か心に負くる時は、万事に負て物の下と成て、うかふ事あたはす。心に心を着けて、強く守るへし。「心こそ心まとはす心なれ心に心こゝろゆるすな。」此の歌尤も至極せり。心を恣にする時は、着相の念增長して、三途に落入るなり。心を殺し得る時は、直に仏果に至るなり。古語に殺生せよ殺生せよ、刹那も殺生せざれは、地獄に入ると矢のごとし。如此の語に眼を着くへし。正法念経に、智者常懐憂。如似獄中囚。愚者常歓楽。猶如光音天。仏説如此、先賢の用心皆以て猶疎なるべからす。一大事といふ事を能くしるべし。何ぞ夢幻の此の身を愛楽して、泥犂に沈みはてんや。時々に心を改むへし。我心面にあらはれいでんには、人中に交りかたかるへし。偏に慚愧の心強くして、正直の旨に住し、離相離名の大願力を発し、一切を放下して、勇猛精進の信力を以て身命を捨て、切に急に無上の道にすゝむへし。此の心昼夜閒断なく、通身堅固に夢中ともに守て、久々に純熟せは、自然に内外打成一片と成て、忽然として大夢さめて、仏法世法共に成就して、竪窮三際横亙十方へし。
書き下し
二、遊山活計観楽の心。三、義理をしらざる心。四、因果の理をしらざる心。五、無常幻化をしらざる心。六、名聞利養を思ふ心。七、花美奢心。八、狐疑不信の心。九、物にすき好む一切着の心。十、怯弱にして勇のなき心。十一、慳貪無慈悲の心。十二、他の是非を思ふ心。十三、我執自慢の心。十四、愛念嫉妬の心。十五、恩をしらざる心。十六、諂証諂曲の心。十七、生死を忘るゝ心。又喜怒憂思悲恐驚の七情あり。此の七情より万病発るといへり。如此の心は、黒闇の中より出る心にして、品々限なしといへども、右の旨を以て察すべし、唯是れ執着を体として出るが故に、念々に発るに随て、其念に負て本心を失ひ、苦悩して沈む心也。此の沈む心に住する時、忽ち出て死せよといは、苦患強かるへし。去れは己に勝つを賢とし、己か心に負てなやむを愚とす。己か心に勝ち得る時は、万事に勝ちて、物の上と成て自由なり。己か心に負くる時は、万事に負て物の下と成て、うかふ事あたはす。心に心を着けて、強く守るへし。「心こそ心まとはす心なれ心に心こゝろゆるすな。」此の歌尤も至極せり。心を恣にする時は、着相の念增長して、三途に落入るなり。心を殺し得る時は、直に仏果に至るなり。古語に殺生せよ殺生せよ、刹那も殺生せざれは、地獄に入ると矢のごとし。如此の語に眼を着くへし。正法念経に、智者常懐憂。如似獄中囚。愚者常歓楽。猶如光音天。仏説如此、先賢の用心皆以て猶疎なるべからす。一大事といふ事を能くしるべし。何ぞ夢幻の此の身を愛楽して、泥犂に沈みはてんや。時々に心を改むへし。我心面にあらはれいでんには、人中に交りかたかるへし。偏に慚愧の心強くして、正直の旨に住し、離相離名の大願力を発し、一切を放下して、勇猛精進の信力を以て身命を捨て、切に急に無上の道にすゝむへし。此の心昼夜閒断なく、通身堅固に夢中ともに守て、久々に純熟せは、自然に内外打成一片と成て、忽然として大夢さめて、仏法世法共に成就して、竪窮三際横亙十方へし。
現代語訳
二、遊山や気晴らしを楽しむ心。三、義理を知らない心。四、因果の理を知らない心。五、無常で幻のようなことを知らない心。六、名声や利益を思う心。七、華美で奢る心。八、疑って信じない心。九、物に好んで執着するすべての心。十、臆病で勇気のない心。十一、貪りケチで無慈悲な心。十二、他人の是非を思う心。十三、我執や自慢の心。十四、愛着や嫉妬の心。十五、恩を知らない心。十六、へつらい曲がった心。十七、生死を忘れる心。また、喜・怒・憂・思・悲・恐・驚の七情がある。この七情からあらゆる病が起こると言われている。このような心は、暗闇の中から出る心であって、種類は限りないが、右の例によって察するがよい。ただこれは執着を本体として出るために、念が起こるごとにその念に負けて本心を失い、苦しんで沈む心である。この沈む心に住しているときに、今すぐ出て死ねと言われたら、苦しみは強いだろう。だから、己に勝つ者を賢いとし、己の心に負けて悩む者を愚かとする。己の心に勝てれば、あらゆることに勝って、物の上に立ち自由である。己の心に負ければ、あらゆることに負けて物の下になり、浮かぶことができない。心に心を留めて、強く守りなさい。「心こそ心まどわす心なれ心に心こころゆるすな」。この歌はまことにもっともである。心をほしいままにすれば、形への執着の念が増えて、三途に落ち入る。心を殺し得たときは、直ちに仏果に至る。古い言葉に、殺生せよ殺生せよ、一瞬でも殺生しなければ地獄に入ること矢のごとしとある。このような言葉に心を留めなさい。正法念経に、智者はつねに憂いを抱き、獄中の囚人のようであり、愚者はつねに歓び楽しみ、光音天のようである、とある。仏の説かれたことがこのようであり、先賢の心遣いはみなけっしてなおざりではない。一大事ということをよく知りなさい。どうして夢幻のようなこの身を愛し楽しんで、地獄に沈みきってよいだろうか。折にふれて心を改めなさい。自分の心が顔に現れたならば、人の中に交わることはできないだろう。ひたすら恥じる心を強くして、正直の旨に住み、相も名も離れる大願の力を起こし、すべてを放ち捨て、勇猛精進の信力で身命を捨て、切に急に無上の道に進みなさい。この心を昼夜絶え間なく、全身で堅固に、夢の中でも守って、長く熟すれば、自然に内外が一つになって、たちまち大きな夢から覚め、仏法も世法もともに成就して、過去・現在・未来にわたり、十方にまで広がるだろう。
解説
この章句が説くこと
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万民徳用・武士日用・答その二前半答て云はく、修行の道、千差万別なりといへとも、肝要は、唯身を思ふ念を退治するの外なし。苦の根源は、已己を思ふ一念なり。如此なりとしるは理なり、此の理を知て力を出し、真実勇猛の心を以て、此の一念を滅却するは、偏に義のなす処なり。理なき人は、苦楽の根源を弁へす。義なき人は、生死のきつなを切る事あたはず。強く眼を着くべし。然れは凡夫心に物に勝て浮ふ心あり、物に負ては沈む心あり。浮ふ心を用ゆるは、仏界に入る門なり。沈む心を用ゆるは、獄中に入る道なり。専ら出離の願力を以て、昼夜浮む心を守べし。物に勝て浮ふ心の類、勇猛の心を体とす。一、生死を守る心。二、恩をしる心。三、一陣にすゝむ心。四、因果の理をしる心。五、幻化無常を観する心。六、此の身の不浄を観する心。七、光陰を惜む心。八、三宝を信仰する心。九、此の身を主君に抛つ心。十、自已を守る心。十一、捨身を守る心。十二、自己の非をしる心。十三、貴人主君の前に居する心。十四、仁義を守る心。十五、仏語祖語眼を着る心。十六、慈悲正直の心。十七、一大事因縁を思ふ心。如此の心は、勇猛堅固の心より出る故に、諸の執着を離れ、物に勝て浮ふなり。去れは浮ふ心を守る時は、忽ち出て死すとも、苦患軽くなるべし。此の心を守らん人は、唯能く金剛の形像、不動の像等に眼を着ぐへし。是則ち悪魔降伏の体を表せり。勇猛堅固の心あらは、是れをしるべし。怯弱の心を以てみる事有るべからず。此の勇猛の心間断なき時は、心城堅固にして、無碍自在の徳力あり。縦ひ八万四千の魔軍嬈ひ起て責め来るとも、面を合する事あたはず、還て威勢を失ひ力尽きて、悉く消滅すへし。武勇を専とする人、豈に此の心を用ねざらんや。若し怯弱の心にして、着相の念あらは、魔軍力を得、威勢をまして、即時に法性城中に責め入り、心王を撼惑し、六賊喜悦の眉をひらき、邪魔自在を得、十八界に飛行して、終に泥犂に沈みはつへし。切に用心せすば有るべからす。物に負て沈む心の類。一、己を忘て心をぬかす油断の心。
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