万民徳用 / 三寶之德用・三寶の威光
佛出世あつて、佛法僧の三寶を世界に施し給ふといへども、出家に出離の修行なき時は、三寶の威光隱て、世界の功德なし。三界をいづるをもつて出家と名を得たり。若し出離の修行なくは、出家に非す。去れば醫師は肉身の病を治し、佛弟子は煩惱業苦の心病を治する役人なり。眞實の道心なくは叶ふべからす。佛の大法、世間の寶にあらずは、三寶の名も僞となるべし。
新字:仏出世あつて、仏法僧の三宝を世界に施し給ふといへども、出家に出離の修行なき時は、三宝の威光隠て、世界の功徳なし。三界をいづるをもつて出家と名を得たり。若し出離の修行なくは、出家に非す。去れば医師は肉身の病を治し、仏弟子は煩悩業苦の心病を治する役人なり。真実の道心なくは叶ふべからす。仏の大法、世間の宝にあらずは、三宝の名も偽となるべし。
書き下し
仏出世あつて、仏法僧の三宝を世界に施し給ふといへども、出家に出離の修行なき時は、三宝の威光隠て、世界の功徳なし。三界をいづるをもつて出家と名を得たり。若し出離の修行なくは、出家に非す。去れば医師は肉身の病を治し、仏弟子は煩悩業苦の心病を治する役人なり。真実の道心なくは叶ふべからす。仏の大法、世間の宝にあらずは、三宝の名も偽となるべし。
現代語訳
仏がこの世に出られて、仏・法・僧の三宝を世界に施されたとしても、出家に出離の修行がないときは、三宝の威光は隠れて、世界に功徳がなくなる。三界を出ることによって出家という名を得たのである。もし出離の修行がなければ、出家ではない。だから、医師が肉体の病を治すのに対し、仏弟子は煩悩や業苦という心の病を治す役人である。まことの道心がなければ務まらない。仏の大法が世間の宝でないなら、三宝という名も偽りになるだろう。
解説
この章句が説くこと
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万民徳用・修行之念願・第三条一、仏宝、法宝、僧宝、是れを三宝と崇め奉る也。此の三の宝をうけて、万民に施し、国土の宝となすべき旨なくして修行するは、僧にあらず。願はくは三宝の旨を守て修行したまへかしとの念願なり。
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万民徳用・三寶の使い方・結び仏弟子、仏意に従ふて解脱の道に趣く時は、三宝の威光顕はれ、国土明にして衆生安心す。嗚呼、嘆しき哉、悲しき哉、仏弟子仏意に背けり。
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