万民徳用 / 修行之念願・第三条
一、佛寶、法寶、僧寶、是れを三寶と崇め奉る也。此の三の寶をうけて、萬民に施し、國土の寶となすべき旨なくして修行するは、僧にあらず。願はくは三寶の旨を守て修行したまへかしとの念願なり。
新字:一、仏宝、法宝、僧宝、是れを三宝と崇め奉る也。此の三の宝をうけて、万民に施し、国土の宝となすべき旨なくして修行するは、僧にあらず。願はくは三宝の旨を守て修行したまへかしとの念願なり。
書き下し
一、仏宝、法宝、僧宝、是れを三宝と崇め奉る也。此の三の宝をうけて、万民に施し、国土の宝となすべき旨なくして修行するは、僧にあらず。願はくは三宝の旨を守て修行したまへかしとの念願なり。
現代語訳
三、仏宝・法宝・僧宝、この三つを三宝として尊び奉る。この三つの宝を受けて、万民に施し、国土の宝とする旨がなくて修行するのは、僧ではない。願わくは三宝の趣旨を守って修行してほしいというのが念願である。
解説
三宝とは、仏と、その教えである法と、教えを守り伝える僧の集まりのことで、仏教では最も大切にされるものです。正三はこれを自分の内に抱えるだけでは足りず、万民に施し、国土の宝にしてこそ僧だと言います。僧であっても、人々の役に立たなければ名ばかりだという意味です。これは、専門性を持つ人が成果を社会や顧客に還元して初めて価値を持つ、という現代の仕事観に重なります。受け取ったものを渡す役目まで含めて、職分だと言っているのです。
この章句が説くこと
三宝仏宝法宝僧宝万民国土の宝
関連する章句
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『驢鞍橋』卷中〇一、仏は万徳円満と也。然らは万徳の旨なくして修行する人は、仏弟子にあらす。願はくは万徳を旨として修行したまへかしとの念願也、と云ふは、万徳は、使ふ様に修せねは使はれぬ也。勇猛の機□する程に、次第に使はるゝ也。然る間、此の旨を守て修行せよとの念願也。畢竟万徳を使ふ事は、我を離るゝを体とする也。〇一、仏宝、法宝、僧宝、是れを三宝と崇め奉る也。此の三宝を受て万民に施し、国土の宝となすへき旨なくして修行する人は、僧に非す。願はくは三宝の旨を守て修行し給へかしとの念願也、と云ふは、本心を仏宝とし、契ふを法宝とし、人に施すを僧宝とす、僧宝なけれは、仏法の二法は立たぬ也。然る間、万民を安んし国土の宝となる様に、真の道を修行し給へかしとの念願也。修し様は、何も前の万徳円満の筋一つ也。
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万民徳用・三寶之德用・三寶の威光仏出世あつて、仏法僧の三宝を世界に施し給ふといへども、出家に出離の修行なき時は、三宝の威光隠て、世界の功徳なし。三界をいづるをもつて出家と名を得たり。若し出離の修行なくは、出家に非す。去れば医師は肉身の病を治し、仏弟子は煩悩業苦の心病を治する役人なり。真実の道心なくは叶ふべからす。仏の大法、世間の宝にあらずは、三宝の名も偽となるべし。
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万民徳用・三寶の使い方・第三三、仏法修行は、我見を去り、自他無差別にして六和合を用ひ、誠の心に至て、上、四恩を報じ、下、三有の衆生を度す、此の心即ち五倫の道正しく使ふ宝なり。
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万民徳用・三寶の使い方・第二二、仏法修行は、禁戒を堅く守て、仏祖の教に背かす、邪僻曲折の心を退治し、善心となり、理非分明にして理を離れ、無義の義を専ら用ひ、慈悲正直にして万民を度す、此の心則ち諸法度に使ふ宝なり。
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万民徳用・修行之念願・第二条一、仏は、万徳円満となり。然れは万徳の旨をうけずして修行する人は、仏弟子にあらず。願はくは万徳を旨として修行し給へかしとの念願也。
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万民徳用・三寶之德用・十の使い方第一、仏法之宝、武勇に使ふ事。第二、仏法之宝、諸法度に使ふ事。第三、仏法之宝、五倫の道正しく使ふ事。第四、仏法之宝、諸芸能に使ふ事。第五、仏法之宝、渡世身すきに使ふ事。第六、仏法之宝、善悪はさりなく使ふ事。第七、仏法之宝、身心安楽に使ふ事。第八、仏法之宝、万事万善に使ふ事。第九、仏法之宝、心病を治する事。第十、仏法之宝、極楽浄土に住する事。
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