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万民徳用 / 修行之念願・第七条

一、佛像建立の趣をみるに、門に金剛の形像を立置き、座敷には十二神、十六善神、八金剛、四天王、五大尊、各威勢をふるひ、物の具を着し、鉾刀杖弓矢を持てならびましますなり。此の意に徹せずして修行する人は、六賊煩惱を治する事かたかるべし。修行疎にして、此の意に至るべからず。願はくは佛像に眼を着て修行し給へかしとの念願なり。夫れ佛法は、人間の惡心を滅する法なり。佛弟子その道を用ゐざらんや。然るに今時佛意に至るべき修行疎にして、名聞利養に住し、邪路に落つ。願はくは佛弟子眞の道に入て、迷の衆生を引導したまへかしと念願之外無他事。

新字:一、仏像建立の趣をみるに、門に金剛の形像を立置き、座敷には十二神、十六善神、八金剛、四天王、五大尊、各威勢をふるひ、物の具を着し、鉾刀杖弓矢を持てならびましますなり。此の意に徹せずして修行する人は、六賊煩悩を治する事かたかるべし。修行疎にして、此の意に至るべからず。願はくは仏像に眼を着て修行し給へかしとの念願なり。夫れ仏法は、人間の悪心を滅する法なり。仏弟子その道を用ゐざらんや。然るに今時仏意に至るべき修行疎にして、名聞利養に住し、邪路に落つ。願はくは仏弟子真の道に入て、迷の衆生を引導したまへかしと念願之外無他事。

書き下し

一、仏像建立の趣をみるに、門に金剛の形像を立置き、座敷には十二神、十六善神、八金剛、四天王、五大尊、各威勢をふるひ、物の具を着し、鉾刀杖弓矢を持てならびましますなり。此の意に徹せずして修行する人は、六賊煩悩を治する事かたかるべし。修行疎にして、此の意に至るべからず。願はくは仏像に眼を着て修行し給へかしとの念願なり。夫れ仏法は、人間の悪心を滅する法なり。仏弟子その道を用ゐざらんや。然るに今時仏意に至るべき修行疎にして、名聞利養に住し、邪路に落つ。願はくは仏弟子真の道に入て、迷の衆生を引導したまへかしと念願之外無他事。

現代語訳

七、仏像が建てられた趣旨を見ると、門には金剛力士の像を立て置き、座敷には十二神、十六善神、八金剛、四天王、五大尊が、それぞれ威勢をふるい、武具を身につけ、鉾・刀・杖・弓矢を持って並んでおられる。この意に徹しないで修行する人は、六賊・煩悩を治めることが難しいだろう。修行がおろそかでは、この意に至ることはできない。願わくは、仏像に眼を着けて修行してほしいというのが念願である。そもそも仏法は、人間の悪心を滅する法である。仏弟子がその道を用いないでよいだろうか。それなのに今の世は、仏の意に至るべき修行がおろそかで、名聞利養にとどまり、邪な道に落ちている。願わくは、仏弟子が真の道に入り、迷う衆生を導いてほしい、念願のほかに他の思いはない。

解説

正三は、寺の門や堂に武装した守護神が並ぶことに、仏法の本質を見ます。仏の教えは慈悲だけでなく、人の悪心と戦う強さも要る、という読みです。元は武士であった彼ならではの視点でしょう。六賊は、眼・耳・鼻・舌・身・意が外の対象に引かれて心を乱すことを賊に例えた語です。名声や利益を求める心に流れる当時の僧への批判も込められています。現代では、自分の内の惰性や欲と向き合う強さが、仕事の質を決めるという話に通じます。

この章句が説くこと

仏像四天王六賊煩悩悪心名聞利養引導

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