万民徳用 / 修行之念願・第六条
一、佛語に世間に入得すれは、出世あまりなしと說き給へり。此の文は、世法にて成佛するの理なり。然れは世法則ち佛法也、華嚴に佛法不異世間法。世間法不異佛法。如此說き給へり。若し世法にて成佛する道理を用ゐすは、一切佛意をしらざる人也。願くは世法を則ち佛法になし給へかしとの念願なり。
新字:一、仏語に世間に入得すれは、出世あまりなしと説き給へり。此の文は、世法にて成仏するの理なり。然れは世法則ち仏法也、華厳に仏法不異世間法。世間法不異仏法。如此説き給へり。若し世法にて成仏する道理を用ゐすは、一切仏意をしらざる人也。願くは世法を則ち仏法になし給へかしとの念願なり。
書き下し
一、仏語に世間に入得すれは、出世あまりなしと説き給へり。此の文は、世法にて成仏するの理なり。然れは世法則ち仏法也、華厳に仏法不異世間法。世間法不異仏法。如此説き給へり。若し世法にて成仏する道理を用ゐすは、一切仏意をしらざる人也。願くは世法を則ち仏法になし給へかしとの念願なり。
現代語訳
六、仏の言葉に、世間に入りきれば、出世の余りはない、と説かれている。この文は、世の営みの中で成仏する道理を述べたものである。そうであれば世法はそのまま仏法である。華厳経には、仏法は世間法と異ならず、世間法は仏法と異ならない、とこのように説かれている。もし世の営みの中で成仏する道理を用いないなら、すべての仏の意を知らない人である。願わくは、世法をそのまま仏法にしてほしいというのが念願である。
解説
この一条は、書全体の核心を示します。世間の営みと仏法を別物とせず、世間の仕事そのものが成仏の道だという主張です。出家して山にこもる道だけが仏道だと考える人々に対して、正三は華厳経の言葉を根拠に反論しています。士農工商の誰もが自分の職分を尽くすことで仏行になる、という後の各章の土台がここにあります。現代では、仕事は生活のための手段であり、修行や人格形成とは別だと考えがちです。しかし日々の業務に真剣に向き合うことが、そのまま人を磨く場になる、と読めます。
この章句が説くこと
世法即仏法出世華厳世間成仏職分
関連する章句
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『驢鞍橋』卷中〇一、仏語に、世間に入得すれは、出世余り無しと説き給へり。此の文は世法にて成仏するの理也。然れは世法則ち仏法也。華厳に仏法は世間法に異ならず。世間法は仏法に異ならずと如此説き給へり。若し世法にて成仏する道理を用ゐざれは、一切仏意を知らさる人也、と云ふは、此の仏説の如くんは、世間を其の儘仏法に用ひすんは、仏法に非すと也。然る間、世法を仏法になし給へかしとの念願也。其の用には四民抔か好き也。殊に盲安杖天然と書き合はせたり。始めは世法に書き、後には成仏になしる理也。
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万民徳用・修行之念願・第四条一、仏法は、成仏の法也。然れ共成仏の意得邪正あり。若し邪正の差別をしらずは、皆以て邪法なるべし。願はくは成仏の処に眼を着て修行したまへかしとの念願なり。
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万民徳用・職人日用・答答て云はく、何の事業も、皆仏行なり。人々の所作の上においては成仏したまふへし。仏行の外なる作業有るべからず。一切の所作、皆以て世界のためとなる事を以てしるへし。仏体をうけ、仏性そなはりたる人間、意得あしくして、好て悪道に入ることなかれ。本覚真如の一仏、百億分身して世界を利益したまふなり。鍛冶、番匠をはじめ、諸職人なくしては、世界の用所調ふべからず。武士なくして、世治るへからず。農人なくして、世界の食物あるべからず。商人なくして、世界の自由なるべからず。此の外所有事業出来て、世のためとなる。天地をさたじたる人もあり、文字を造出したる人も有り、五臓を分けて医道を施す人もあり、其の品々限なく出て、世のためとなるといへども、唯是れ一仏の徳用なり。如此ありかたき仏性を人々具足すといへ共、この理をしらずして、我と此の身を賤しくなし、悪心悪業を専として、好て悪道に入るを迷の凡夫とはいふなり。三世の諸仏出世ありて、衆生則ち仏なる事を直にしめしたまへり。眼に色を見、耳に声を聞き、鼻に香をかぎ、口に物を云つて、思ふ事の自由をなす、手の自由、足の自由、唯是れ一仏の自由なり。去る間、後世を願ふといふは、我身を信ずるを本意とす。誠に成仏を願ふ人ならば、唯自身を信ずべし。自身を信ずるといふは、自身則ち仏なれは、仏の心を信すへし。仏に欲心なし、仏の心に嗔恚なし、仏の心に愚痴なし、仏の心に生死なし、仏の心に是非なし、仏の心に煩悩なし、仏の心に悪事なし、如此の理を信せずして、私に貪欲を作出し嗔恚を発し、愚痴に住在して、日々夜々、我執我慢、邪見妄想を主として、彼に従て苦痛悩乱の心休む時なく、本有の自性を失て、一生空しく大地獄を造堅めて、未来永劫すみかとせん事、かなしまざるべけんや。是れを恐れ是れをなげきて、一大事のこゝろざしをはげまし、万念を放下して、所作所為の上に就て、切に急に真実勇猛の念仏を以て、自己の真仏を信仰せは、気の熟するに従て、自然に誠の心至極して、終に信得し究る時、覚ゑす無我無人無住所の境に入て、自己の真仏顕然たるべし。一筋に信仰せよ信仰せよ。
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