万民徳用 / 職人日用・答
答て云はく、何の事業も、皆佛行なり。人々の所作の上においては成佛したまふへし。佛行の外なる作業有るべからず。一切の所作、皆以て世界のためとなる事を以てしるへし。佛体をうけ、佛性そなはりたる人間、意得あしくして、好て惡道に入ることなかれ。本覺眞如の一佛、百億分身して世界を利益したまふなり。鍛冶、番匠をはじめ、諸職人なくしては、世界の用所調ふべからず。武士なくして、世治るへからず。農人なくして、世界の食物あるべからず。商人なくして、世界の自由なるべからず。此の外所有事業出來て、世のためとなる。天地をさたじたる人もあり、文字を造出したる人も有り、五臟を分けて醫道を施す人もあり、其の品々限なく出て、世のためとなるといへども、唯是れ一佛の德用なり。如此ありかたき佛性を人々具足すといへ共、この理をしらずして、我と此の身を賤しくなし、惡心惡業を專として、好て惡道に入るを迷の凡夫とはいふなり。三世の諸佛出世ありて、衆生則ち佛なる事を直にしめしたまへり。眼に色を見、耳に聲を聞き、鼻に香をかぎ、口に物を云つて、思ふ事の自由をなす、手の自由、足の自由、唯是れ一佛の自由なり。去る間、後世を願ふといふは、我身を信ずるを本意とす。誠に成佛を願ふ人ならば、唯自身を信ずべし。自身を信ずるといふは、自身則ち佛なれは、佛の心を信すへし。佛に欲心なし、佛の心に嗔恚なし、佛の心に愚痴なし、佛の心に生死なし、佛の心に是非なし、佛の心に煩惱なし、佛の心に惡事なし、如此の理を信せずして、私に貪欲を作出し嗔恚を發し、愚痴に住在して、日々夜々、我執我慢、邪見妄想を主として、彼に從て苦痛惱亂の心休む時なく、本有の自性を失て、一生空しく大地獄を造堅めて、未來永劫すみかとせん事、かなしまざるべけんや。是れを恐れ是れをなげきて、一大事のこゝろざしをはげまし、萬念を放下して、所作所爲の上に就て、切に急に眞實勇猛の念佛を以て、自己の眞佛を信仰せは、氣の熟するに從て、自然に誠の心至極して、終に信得し究る時、覺ゑす無我無人無住所の境に入て、自己の眞佛顯然たるべし。一筋に信仰せよ信仰せよ。
新字:答て云はく、何の事業も、皆仏行なり。人々の所作の上においては成仏したまふへし。仏行の外なる作業有るべからず。一切の所作、皆以て世界のためとなる事を以てしるへし。仏体をうけ、仏性そなはりたる人間、意得あしくして、好て悪道に入ることなかれ。本覚真如の一仏、百億分身して世界を利益したまふなり。鍛冶、番匠をはじめ、諸職人なくしては、世界の用所調ふべからず。武士なくして、世治るへからず。農人なくして、世界の食物あるべからず。商人なくして、世界の自由なるべからず。此の外所有事業出来て、世のためとなる。天地をさたじたる人もあり、文字を造出したる人も有り、五臓を分けて医道を施す人もあり、其の品々限なく出て、世のためとなるといへども、唯是れ一仏の徳用なり。如此ありかたき仏性を人々具足すといへ共、この理をしらずして、我と此の身を賤しくなし、悪心悪業を専として、好て悪道に入るを迷の凡夫とはいふなり。三世の諸仏出世ありて、衆生則ち仏なる事を直にしめしたまへり。眼に色を見、耳に声を聞き、鼻に香をかぎ、口に物を云つて、思ふ事の自由をなす、手の自由、足の自由、唯是れ一仏の自由なり。去る間、後世を願ふといふは、我身を信ずるを本意とす。誠に成仏を願ふ人ならば、唯自身を信ずべし。自身を信ずるといふは、自身則ち仏なれは、仏の心を信すへし。仏に欲心なし、仏の心に嗔恚なし、仏の心に愚痴なし、仏の心に生死なし、仏の心に是非なし、仏の心に煩悩なし、仏の心に悪事なし、如此の理を信せずして、私に貪欲を作出し嗔恚を発し、愚痴に住在して、日々夜々、我執我慢、邪見妄想を主として、彼に従て苦痛悩乱の心休む時なく、本有の自性を失て、一生空しく大地獄を造堅めて、未来永劫すみかとせん事、かなしまざるべけんや。是れを恐れ是れをなげきて、一大事のこゝろざしをはげまし、万念を放下して、所作所為の上に就て、切に急に真実勇猛の念仏を以て、自己の真仏を信仰せは、気の熟するに従て、自然に誠の心至極して、終に信得し究る時、覚ゑす無我無人無住所の境に入て、自己の真仏顕然たるべし。一筋に信仰せよ信仰せよ。
書き下し
答て云はく、何の事業も、皆仏行なり。人々の所作の上においては成仏したまふへし。仏行の外なる作業有るべからず。一切の所作、皆以て世界のためとなる事を以てしるへし。仏体をうけ、仏性そなはりたる人間、意得あしくして、好て悪道に入ることなかれ。本覚真如の一仏、百億分身して世界を利益したまふなり。鍛冶、番匠をはじめ、諸職人なくしては、世界の用所調ふべからず。武士なくして、世治るへからず。農人なくして、世界の食物あるべからず。商人なくして、世界の自由なるべからず。此の外所有事業出来て、世のためとなる。天地をさたじたる人もあり、文字を造出したる人も有り、五臓を分けて医道を施す人もあり、其の品々限なく出て、世のためとなるといへども、唯是れ一仏の徳用なり。如此ありかたき仏性を人々具足すといへ共、この理をしらずして、我と此の身を賤しくなし、悪心悪業を専として、好て悪道に入るを迷の凡夫とはいふなり。三世の諸仏出世ありて、衆生則ち仏なる事を直にしめしたまへり。眼に色を見、耳に声を聞き、鼻に香をかぎ、口に物を云つて、思ふ事の自由をなす、手の自由、足の自由、唯是れ一仏の自由なり。去る間、後世を願ふといふは、我身を信ずるを本意とす。誠に成仏を願ふ人ならば、唯自身を信ずべし。自身を信ずるといふは、自身則ち仏なれは、仏の心を信すへし。仏に欲心なし、仏の心に嗔恚なし、仏の心に愚痴なし、仏の心に生死なし、仏の心に是非なし、仏の心に煩悩なし、仏の心に悪事なし、如此の理を信せずして、私に貪欲を作出し嗔恚を発し、愚痴に住在して、日々夜々、我執我慢、邪見妄想を主として、彼に従て苦痛悩乱の心休む時なく、本有の自性を失て、一生空しく大地獄を造堅めて、未来永劫すみかとせん事、かなしまざるべけんや。是れを恐れ是れをなげきて、一大事のこゝろざしをはげまし、万念を放下して、所作所為の上に就て、切に急に真実勇猛の念仏を以て、自己の真仏を信仰せは、気の熟するに従て、自然に誠の心至極して、終に信得し究る時、覚ゑす無我無人無住所の境に入て、自己の真仏顕然たるべし。一筋に信仰せよ信仰せよ。
現代語訳
答えて言う。どんな事業も、みな仏行である。人々の行う仕事において、成仏なさるのである。仏行の外にある作業はあり得ない。一切の仕事が、みな世界のためになることから、それが分かる。仏の身を受け、仏性を備えた人間が、心得を誤って、好んで悪道に入ってはならない。本来の悟りである真如の一仏が、百億に分身して世界を利益なさるのである。鍛冶や大工をはじめ、諸々の職人がいなければ、世界の用事は調わない。武士がいなければ、世は治まらない。農人がいなければ、世界の食物はない。商人がいなければ、世界の自由はない。このほか、あらゆる事業が現れて、世のためとなる。天地を定めた人もあり、文字を作り出した人もあり、五臓を分けて医道を施す人もあり、その種類は限りなく現れて世のためになるが、これはみな一仏の徳の働きである。このようにありがたい仏性を人々が備えているのに、この理を知らず、自分でこの身を賤しくし、悪心悪業を専らとして、好んで悪道に入るのを、迷える凡夫というのである。三世の諸仏が世に出られて、衆生がそのまま仏であることを直に示された。眼で色を見、耳で声を聞き、鼻で香りをかぎ、口で物を言って、思うことを自由にする。手の自由、足の自由は、ただこれ一仏の自由である。だから、後世を願うとは、自分の身を信じることが本意である。本当に成仏を願う人ならば、ただ自身を信じなさい。自身を信じるとは、自身がそのまま仏であるから、仏の心を信じることである。仏に欲心はなく、仏の心に怒りはなく、愚かさはなく、生死はなく、是非はなく、煩悩はなく、悪事はない。この理を信じず、私に貪欲を作り出し、怒りを起こし、愚痴に住して、日々夜々、我執我慢と邪見妄想を主として、それに従って苦痛と悩乱の心が休む時なく、本来の自性を失い、一生をむなしく大地獄を築き固め、未来永劫の住みかとすることは、悲しまずにいられようか。これを恐れ、これを嘆いて、一大事の志を励まし、あらゆる念を放ち捨て、仕事の上に即して、切に急に真実で勇猛な念仏をもって、自己の真の仏を信仰するならば、気が熟するにしたがって、自然に誠の心が極まり、ついに信じきる時には、知らぬ間に無我・無人・無住所の境地に入って、自己の真の仏がはっきりと現れるだろう。ひたすら信仰しなさい、信仰しなさい。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孟子・滕文公章句上神農の言を為す者許行有り。楚より滕に之き、門に踵りて文公に告げて曰く、「遠方の人、君の仁政を行ふを聞く。願はくは一廛を受けて氓と為らん。」文公之に処を与ふ。其の徒数十人、皆褐を衣、屨を捆ち、席を織りて以て食を為す。陳良の徒陳相と其の弟辛と、耒耜を負ひて宋より滕に之く。曰く、「君聖人の政を行ふと聞く。是れ亦た聖人なり。願はくは聖人の氓と為らん。」陳相許行を見て大いに悦び、尽く其の学を棄てて焉に学ぶ。陳相孟子に見え、許行の言を道ひて曰く、「滕君は則ち誠に賢君なり。然りと雖も、未だ道を聞かざるなり。賢者は民と并び耕して食ひ、饔飧して治む。今や滕に倉廩府庫有り、則ち是れ民を厲まして以て自ら養ふなり。悪くんぞ賢なるを得ん。」孟子曰く、「許子は必ず粟を種ゑて而る後に食ふか。」曰く、「然り。」「許子は必ず布を織りて而る後に衣るか。」曰く、「否。許子は褐を衣る。」「許子は冠するか。」曰く、「冠す。」曰く、「奚をか冠する。」曰く、「素を冠す。」曰く、「自ら之を織るか。」曰く、「否。粟を以て之に易ふ。」曰く、「許子奚為れぞ自ら織らざる。」曰く、「耕すに害あればなり。」曰く、「許子は釜甑を以て爨ぎ、鉄を以て耕すか。」曰く、「然り。」「自ら之を為るか。」曰く、「否。粟を以て之に易ふ。」「粟を以て械器に易ふる者は、陶冶を厲ますと為さず。陶冶も亦た其の械器を以て粟に易ふる者、豈に農夫を厲ますと為さんや。且つ許子何ぞ陶冶を為し、舎皆諸を其の宮中に取りて之を用ひざる。何為れぞ紛紛然として百工と交易する。何ぞ許子の煩はしきを憚らざる。」曰く、「百工の事は、固より耕し且つ為す可からざるなり。」「然らば則ち天下を治むるは独り耕し且つ為す可けんや。大人の事有り、小人の事有り。且つ一人の身にして、百工の為す所備はる。如し必ず自ら為りて而る後に之を用ひば、是れ天下を率ゐて路せしむるなり。故に曰く、或いは心を労し、或いは力を労す。心を労する者は人を治め、力を労する者は人に治めらる。
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『墨子』尚賢中然らば則ち天の能を使いし所の者は誰ぞや。曰く、昔者の禹・稷・臯陶の若き是れなり。何を以て其の然るを知るや。先王の書、呂刑、之を道いて曰く、「皇帝、清く下民に問う。苗に辭有り、曰く、『羣后の逮ぶこと下に在り、明明として常を棐け、鰥寡も盖わるる無し。徳の威、維れ威、徳の明、維れ明なり』と。乃ち三后に命じて、功を民に恤えしむ。伯夷は典を降して、民を折くに維れ刑を以てす。禹は水土を平らげ、名山川を主る。稷は播種を降して、嘉榖を農殖す。三后、功を成し、維れ民に殷んなり」と。
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『墨子』耕柱治徒娛・縣子碩、子墨子に問いて曰く、「義を為すに孰れをか大務と為す」と。子墨子曰く、「譬えば牆を築くが若く然り。能く築く者は築き、能く壤を實つる者は壤を實て、能く掀ぐる者は掀げ、然る後に牆成る。義を為すも猶お是のごときなり。能く談辯する者は談辯し、能く書を説く者は書を説き、能く事に従う者は事に従い、然る後に義事成る」と。
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『学問のすゝめ』三編・一身独立して一国独立すること・権義あればしたがって職分ありもとより国の政をなす者は政府にて、その支配を受くる者は人民なれども、こはただ便利のために双方の持ち場を分かちたるのみ。一国全体の面目にかかわることに至りては、人民の職分として政府のみに国を預け置き、傍よりこれを見物するの理あらんや。すでに日本国の誰、英国の誰と、その姓名の肩書に国の名あれば、その国に住居し、起居眠食、自由自在なるの権義あり。すでにその権義あれば、またしたがってその職分なかるべからず。
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