晏子春秋 / 外篇上・景公置酒泰山四望而泣晏子諫
景公置酒于泰山之上,酒酣,公四望其地,喟然歎,泣數行而下,曰:「寡人將去此堂堂國而死乎?」左右佐哀而泣者三人,曰:「臣細人也,猶將難死,而況公乎!棄是國也而死其孰可為乎?」晏子獨搏其髀,仰天而大笑曰:「樂哉!今日之飲也。」公怫然怒曰:「寡人有哀,子獨大笑,何也?」晏子對曰:「今日見怯君一,諛臣三,是以大笑。」公曰:「何謂諛怯也?」晏子曰:「夫古之有死也,令後世賢者得之以息,不肖者得之以伏。若使古之王者如毋有死,自昔先君太公至今尚在,而君亦安得此國而哀之?夫盛之有衰,生之有死,天之分也。物有必至,事有常然,古之道也,曷為可悲?至老尚哀死者,怯也;左右助哀者,諛也。怯諛聚居,是故笑之。」公慚而更辭曰:「我非為去國而死哀也。
新字:景公置酒于泰山之上,酒酣,公四望其地,喟然嘆,泣数行而下,曰:「寡人将去此堂堂国而死乎?」左右佐哀而泣者三人,曰:「臣細人也,猶将難死,而況公乎!棄是国也而死其孰可為乎?」晏子独搏其髀,仰天而大笑曰:「楽哉!今日之飲也。」公怫然怒曰:「寡人有哀,子独大笑,何也?」晏子対曰:「今日見怯君一,諛臣三,是以大笑。」公曰:「何謂諛怯也?」晏子曰:「夫古之有死也,令後世賢者得之以息,不肖者得之以伏。若使古之王者如毋有死,自昔先君太公至今尚在,而君亦安得此国而哀之?夫盛之有衰,生之有死,天之分也。物有必至,事有常然,古之道也,曷為可悲?至老尚哀死者,怯也;左右助哀者,諛也。怯諛聚居,是故笑之。」公慚而更辞曰:「我非為去国而死哀也。
書き下し
景公酒を泰山の上に置き、酒酣にして、公四のかた其の地を望み、喟然として歎じ、泣数行下りて曰く、「寡人将に此の堂堂たる国を去りて死せんとするか」と。左右の佐けて哀しみ泣く者三人、曰く、「臣は細人なり、猶お将に死し難からんとす。而るを況んや公をや。是の国を棄てて死すること、其れ孰れか為す可けんや」と。晏子独り其の髀を搏ち、天を仰ぎて大いに笑いて曰く、「楽しいかな、今日の飲や」と。公怫然として怒りて曰く、「寡人哀しみ有り、子独り大いに笑う、何ぞや」と。晏子対えて曰く、「今日怯君一、諛臣三を見る。是を以て大いに笑う」と。公曰く、「何をか諛怯と謂うや」と。晏子曰く、「夫れ古に死有るは、後世の賢者をして之を得て以て息わしめ、不肖者をして之を得て以て伏せしむ。若し古の王者をして如し死有ること毋からしめば、昔の先君太公より今に至るまで尚お在らん。而して君も亦安くんぞ此の国を得て之を哀しまんや。夫れ盛んなるに衰え有り、生に死有るは、天の分なり。物には必ず至る有り、事には常に然る有るは、古の道なり。曷為れぞ悲しむ可けん。老いに至るまで尚お死を哀しむは、怯なり。左右の哀しみを助くるは、諛なり。怯諛聚居す、是の故に之を笑う」と。公慚じて辞を更めて曰く、「我は国を去りて死するが為に哀しむに非ず。
現代語訳
景公は泰山の上で酒宴を開き、酒がたけなわになったころ、四方のこの地を見渡して嘆息し、涙を幾筋も流して言いました。「私はこの堂々たる国を離れて死ぬのだろうか」。そばにいた三人が助けるように哀しんで泣き、言いました。「私どものような小者でも死ぬのは辛いのに、まして公はなおさらです。この国を捨てて死ぬなど、誰にできましょう」。晏子だけがももを打ち、天を仰いで大笑いして言いました。「楽しいことです、今日の酒宴は」。公はむっとして怒り、言いました。「私は哀しんでいるのに、あなただけが大笑いするのは何故か」。晏子は答えました。「今日は、臆病な君が一人、へつらう臣が三人いるのを見ました。それで大笑いしたのです」。公は言いました。「何を臆病、へつらいと言うのか」。晏子は言いました。「昔から死があるのは、後の世の賢者はそれによって休み、不肖の者はそれによって伏すようにするためです。もし昔の王者が死ななかったなら、先君の太公から今まで生きておられるはずで、君もどうしてこの国を手にしてこれを哀しむことができたでしょう。盛んなものが衰え、生あるものが死ぬのは、天の定めです。物には必ず行き着くところがあり、事には常にそうなるものがあるのは、昔からの道です。どうして悲しむことがありましょう。老いるまで死を哀しむのは臆病です。そばの者が哀しみを助けるのはへつらいです。臆病とへつらいが集まっているので、笑ったのです」。公は恥じ、言葉を改めて言いました。「私は国を去って死ぬことを哀しんだのではない。
解説
この章句が説くこと
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