晏子春秋 / 雑下・楚王饗晏子進橘置削晏子不剖而食/晏子布衣棧車而朝田桓子侍景公飲酒請浮之
景公使晏子于楚,楚王進橘,置削,晏子不剖而並食之。楚王曰:「橘當去剖。」晏子對曰:「臣聞之,賜人主前者,瓜桃不削、橘柚不剖。今者萬乘之主無教令,臣故不敢剖。不然,臣非不知也。」景公飲酒,田桓子侍,望見晏子而復於公曰:「請浮晏子。」公曰:「何故也?」無宇對曰:「晏子衣緇布之衣,麋鹿之裘,棧軫之車,而駕駑馬以朝,是隱君之賜也。」公曰:「諾。」晏子坐,酌者奉觴進之曰:「君命浮子。」晏子曰:「何故也?」田桓子曰:「君賜之卿位以顯其身,寵之百萬以富其家,群臣之爵,莫尊於子,祿莫重於子。今子衣緇布之衣,麋鹿之裘,棧軫之車,而駕駑馬以朝,則是隱君之賜也,故浮子。」晏子避席曰:「請飲而後辭乎?其辭而後飲乎?」公曰:「辭然後飲。」
新字:景公使晏子于楚,楚王進橘,置削,晏子不剖而並食之。楚王曰:「橘当去剖。」晏子対曰:「臣聞之,賜人主前者,瓜桃不削、橘柚不剖。今者万乗之主無教令,臣故不敢剖。不然,臣非不知也。」景公飲酒,田桓子侍,望見晏子而復於公曰:「請浮晏子。」公曰:「何故也?」無宇対曰:「晏子衣緇布之衣,麋鹿之裘,棧軫之車,而駕駑馬以朝,是隠君之賜也。」公曰:「諾。」晏子坐,酌者奉觴進之曰:「君命浮子。」晏子曰:「何故也?」田桓子曰:「君賜之卿位以顕其身,寵之百万以富其家,群臣之爵,莫尊於子,禄莫重於子。今子衣緇布之衣,麋鹿之裘,棧軫之車,而駕駑馬以朝,則是隠君之賜也,故浮子。」晏子避席曰:「請飲而後辞乎?其辞而後飲乎?」公曰:「辞然後飲。」
書き下し
景公晏子をして楚に使いせしむ。楚王橘を進め、削を置く。晏子剖かずして並びに之を食す。楚王曰く、「橘は当に剖を去るべし」と。晏子対えて曰く、「臣之を聞く、人主の前に賜わる者は、瓜桃は削らず、橘柚は剖かずと。今者万乗の主教令無し。臣故に敢えて剖かず。然らずんば、臣知らざるに非ざるなり」と。景公酒を飲む。田桓子侍し、晏子を望み見て公に復して曰く、「請う、晏子を浮せん」と。公曰く、「何の故ぞ」と。無宇対えて曰く、「晏子緇布の衣、麋鹿の裘、棧軫の車に、駑馬を駕して以て朝す。是れ君の賜を隠すなり」と。公曰く、「諾」と。晏子坐す。酌者觴を奉じて之に進めて曰く、「君、子を浮せしむ」と。晏子曰く、「何の故ぞ」と。田桓子曰く、「君之に卿位を賜いて以て其の身を顕らかにし、之に百万を寵して以て其の家を富ます。群臣の爵、子より尊きは莫く、禄、子より重きは莫し。今子緇布の衣、麋鹿の裘、棧軫の車、而して駑馬を駕して以て朝す。則ち是れ君の賜を隠すなり。故に子を浮す」と。晏子席を避けて曰く、「請う、飲みて而る後に辞せんか。其れ辞して而る後に飲まんか」と。公曰く、「辞して然る後に飲め」と。
現代語訳
景公が晏子を楚に使いさせたとき、楚王は橘を出し、小刀を添えました。晏子は皮をむかずに、そのまま食べました。楚王が「橘は皮をむいて食べるものだ」と言うと、晏子は答えました。「私はこう聞いております。君主の前で賜るものは、瓜や桃は削らず、橘や柚は割かないものだと。いま万乗の君から、むいてよいというお言いつけがありませんでした。そのため、あえてむきませんでした。そうでなければ、知らないわけではございません。」また、景公が酒を飲んでいたとき、田桓子がそばに仕えていて、晏子を見かけて公に申し上げました。「晏子に罰杯を飲ませたいと存じます。」公が「どうしてか」と尋ねると、無宇は答えました。「晏子は黒い粗布の衣に鹿の皮衣を着て、粗末な車にのろい馬を付けて朝廷に来ます。これは君の賜り物を隠すことです。」公は「よかろう」と言いました。晏子が席に着くと、酌をする者が杯を捧げて「君が、あなたに罰杯を命じられました」と言います。晏子が「なぜですか」と尋ねると、田桓子が言いました。「君はあなたに卿の位を賜って身を顕し、百万の禄を与えて家を富ませました。群臣の爵位であなたより尊い者はなく、禄であなたより重い者もありません。今あなたは黒い粗布の衣、鹿の皮衣、粗末な車にのろい馬で朝廷に来ます。これは君の賜り物を隠すことです。だから罰杯を飲ませるのです。」晏子は席を離れて言いました。「飲んでから申し開きをいたしましょうか、申し開きをしてから飲みましょうか。」公は「申し開きをしてから飲め」と言いました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
説苑・奉使景公晏子をして楚に使いせしむ。楚王橘を進め削を置く。晏子剖かずして并せて之を食う。楚王曰く、「橘は當に剖くべし。」晏子對えて曰く、「臣之を聞く、人主の前に賜う者は、瓜桃は削らず、橘柚は剖かず、と。今萬乘教え無し。臣敢えて剖かざるなり。然れども臣知らざるに非ざるなり。」
-
説苑・臣術景公酒を飲む、陳桓子侍り、晏子を望み見て公に復して曰く、「請う晏子を浮せん」と。公曰く、「何の故ぞや」と。対えて曰く、「晏子緇布の衣、麋鹿の裘、棧軫の車にして駑馬を駕して以て朝す、是れ君の賜を隠すなり」と。公曰く、「諾」と。酌者觴を奉じて之を進めて曰く、「君子に浮せよと命ず」と。晏子曰く、「何の故ぞや」と。陳桓子曰く、「君卿位を賜いて以て其の身を尊くし、之を百万に寵して以て其の家を富ませ、群臣の爵、子より尊きは莫く、禄子より厚きは莫し。今子布衣の衣、麋鹿の裘、棧軫の車にして駑馬を駕して以て朝す、則ち是れ君の賜を隠すなり、故に子を浮す」と。晏子席を避けて曰く、「請う飲みて而る後に辞せんか、其れ辞して而る後に飲まんか」と。公曰く、「辞して然る後に飲め」と。晏子曰く、「君卿位を賜いて以て其の身を顕かにす、嬰敢えて顕の為に受けざるなり、君令を行うが為なり。之を百万に寵して以て其の家を富ませ、嬰敢えて富の為に受けざるなり、君の賜を通ずるが為なり。臣聞く、古の賢臣厚賜を受けて其の国族を顧みざれば、則ち之を過つ。事に臨みて職を守り其の任に勝えざれば、則ち之を過つ。君の内隸、臣の父兄、若し離散して野鄙に在る者有らば、此れ臣の罪なり。君の外隸、臣の職とする所、若し播亡して四方に在る者有らば、此れ臣の罪なり。兵革完からず、戦車修まらざるは、此れ臣の罪なり。夫の敝車駑馬を若し以て朝主するは、臣の罪に非ざるなり。且つ臣君の賜を以て、臣の父の党車に乗らざる無く、母の党以て衣食に足らざる無く、妻の党凍餒する者無く、国の簡士臣を待ちて後に火を挙ぐる者数百家なり。此くの如きは君の賜を隠すか、君の賜を彰すか」と。公曰く、「善し、我が為に桓子を浮せよ」と。
-
『晏子春秋』雑下・楚王欲辱晏子指盜者為齊人晏子對以橘晏子将に楚に使いせんとす。楚王之を聞き、左右に謂いて曰く、「晏嬰は斉の辞に習う者なり。今方に来らんとす。吾之を辱めんと欲す。何を以てせん」と。左右対えて曰く、「其の来るが為に、臣請う、一人を縛し、王を過ぎて行かん。王曰く、『何為る者ぞ』と。対えて曰く、『斉人なり』と。王曰く、『何に坐す』と。曰く、『盗に坐す』と」と。晏子至る。楚王晏子に酒を賜う。酒酣にして、吏二人一人を縛して王に詣る。王曰く、「縛する者は何為る者ぞ」と。対えて曰く、「斉人なり、盗に坐す」と。王晏子を視て曰く、「斉人は固より盗を善くするか」と。晏子席を避けて対えて曰く、「嬰之を聞く、橘は淮南に生ずれば則ち橘と為り、淮北に生ずれば則ち枳と為る。葉は徒だ相似たるも、其の実の味は同じからず。然る所以の者は何ぞ。水土異なればなり。今民斉に生長しては盗まず、楚に入れば則ち盗む。得て楚の水土の、民をして盗を善くせしむること無からんや」と。王笑いて曰く、「聖人は与に嬉るる所に非ざるなり。寡人反って病を取れり」と。
-
『晏子春秋』雑下・景公以晏子食不足致千金而晏子固不受晏子方に食す。景公使者をして至らしめ、食を分かちて之に食わしむ。使者飽かず、晏子も亦飽かず。使者反りて、之を公に言う。公曰く、「嘻、晏子の家、是くの若く其れ貧しきか。寡人知らず、是れ寡人の過ちなり」と。吏をして千金と市租とを致さしめ、以て賓客に奉ぜんことを請う。晏子辞す。三たび之を致すも、終に再拝して辞して曰く、「嬰の家貧しからず。君の賜を以て、沢三族を覆い、延びて交遊に及び、以て百姓を振う。君の賜厚し。嬰の家貧しからざるなり。嬰聞く、夫れ厚く之を君に取りて之を民に施せば、是れ臣、君に代わりて民に君たるなり。忠臣は為さず。厚く之を君に取りて民に施さざれば、是れ筐篋の蔵を為すなり。仁人は為さず。進みては君に取り、退きては罪を士に得、身死して財他人に遷るは、是れ宰蔵を為すなり。智者は為さず。夫れ十総の布、一豆の食、中に足れば免れん」と。景公晏子に謂いて曰く、「昔吾が先君桓公、書社五百を以て管仲に封ず。辞せずして受く。子の之を辞するは何ぞや」と。晏子曰く、「嬰聞く、聖人も千慮に必ず一失有り、愚人も千慮に必ず一得有りと。意うに管仲の失にして、嬰の得なる者か。故に再拝して敢えて命を受けず」と。
-
『晏子春秋』雑下・景公以晏子乘弊車駑馬使梁丘據遺之三返不受晏子朝するに、弊車に乗り、駑馬を駕す。景公之を見て曰く、「嘻、夫子の禄寡なきか。何ぞ乗ること不佼の甚だしきや」と。晏子対えて曰く、「君の賜に頼り、以て三族を寿し、国の遊士に及ぶまで、皆生を得たり。臣暖衣飽食、弊車駑馬以て其の身を奉ずるを得、臣に於て足れり」と。晏子出づ。公梁丘据をして之に輅車乗馬を遺らしめ、三たび返して受けず。公説ばず、趣ぎ晏子を召す。晏子至る。公曰く、「夫子受けざれば、寡人も亦乗らず」と。晏子対えて曰く、「君、臣をして百官の吏に臨ましめ、臣其の衣服、飲食の養を節して、以て斉国の民に先んず。然れども猶お其の侈靡にして其の行いを顧みざるを恐る。今輅車乗馬、君之に上に乗り、臣も亦之に下に乗らば、民の義無き、其の衣服飲食を侈りて、其の行いを顧みざる者、臣以て禁ずる無し」と。遂に譲りて受けず。
-
『晏子春秋』雑下・田桓子疑晏子何以辭邑晏子答以君子之事也/景公欲更晏子宅晏子辭以近市得所求諷公省刑景公晏子に邑を賜う。晏子辞す。田桓子晏子に謂いて曰く、「君歓然として子に邑を与う。必ず受けずして以て君を恨ましむるは何ぞや」と。晏子対えて曰く、「嬰聞く、節を上に受くる者は、寵君に長じ、倹を処に居る者は、名外に広しと。夫れ寵を長じ名を広むるは、君子の事なり。嬰独り庸ぞ能く已まんや」と。景公晏子の宅を更めんと欲し、曰く、「子の宅は市に近く、湫隘囂塵にして、以て居る可からず。請う、諸を爽塏なる者に更めん」と。晏子辞して曰く、「君の先臣容る。臣以て之を嗣ぐに足らず。臣に於て侈なり。且つ小人市に近ければ、朝夕求むる所を得。小人の利なり。敢えて裡旅を煩わさんや」と。公笑いて曰く、「子市に近し。貴賤を識るか」と。対えて曰く、「既に竊かに之を利す。敢えて識らざらんや」と。公曰く、「何か貴く何か賤き」と。是の時や、公刑に繁く、踊を鬻ぐ者有り。敵対えて曰く、「踊貴くして屨賤し」と。公愀然として容を改め、公是が為に刑を省く。君子曰く、「仁人の言、其の利博きかな。晏子の一言にして、斉侯刑を省く。詩に曰く、『君子如し祉あらば、乱庶わくは遄やかに已まん』と。其れ是れを之謂うか」と。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る