晏子春秋 / 雑上・景公賢魯昭公去國而自悔晏子謂無及已
魯昭公失國走齊,景公問焉,曰:「子之年甚少,奚道至於此乎?」昭公對曰:「吾少之時,人多愛我者,吾體不能親;人多諫我者,吾忌不能從,是以內無拂而外無輔,輔拂無一人,諂諛者甚眾,譬之猶秋蓬也,孤其根而美枝葉,秋風一至,僨且揭矣。」景公辯其言,以語晏子曰:「使是人反其國,豈不為古之賢君乎!」晏子對曰:「不然。夫愚者多悔,不肖者自賢,溺者不問隊,迷者不同路。溺而後問隊,迷而後問路,譬之猶臨難而遽鑄兵,臨噎而遽掘井,雖速亦無及已。」
新字:魯昭公失国走斉,景公問焉,曰:「子之年甚少,奚道至於此乎?」昭公対曰:「吾少之時,人多愛我者,吾体不能親;人多諫我者,吾忌不能従,是以内無払而外無輔,輔払無一人,諂諛者甚衆,譬之猶秋蓬也,孤其根而美枝葉,秋風一至,僨且掲矣。」景公弁其言,以語晏子曰:「使是人反其国,豈不為古之賢君乎!」晏子対曰:「不然。夫愚者多悔,不肖者自賢,溺者不問隊,迷者不同路。溺而後問隊,迷而後問路,譬之猶臨難而遽鋳兵,臨噎而遽掘井,雖速亦無及已。」
書き下し
魯の昭公国を失いて斉に走る。景公焉を問いて、曰く、「子の年甚だ少し、奚の道もて此に至れるか」と。昭公対えて曰く、「吾少き時、人多く我を愛する者あるも、吾が体は親しむ能わず。人多く我を諫むる者あるも、吾は忌みて従う能わず。是を以て内に拂無く外に輔無く、輔拂一人無くして、諂諛する者甚だ衆し。之を譬うれば猶お秋蓬のごとし。其の根を孤にして枝葉を美しくし、秋風一たび至れば、僨れ且つ掲がるなり」と。景公其の言を辯じ、以て晏子に語りて曰く、「是の人をして其の国に反らしめば、豈に古の賢君と為らざらんや」と。晏子対えて曰く、「然らず。夫れ愚者は悔い多く、不肖者は自ら賢とし、溺るる者は隊を問わず、迷う者は路を同にせず。溺れて而る後に隊を問い、迷いて而る後に路を問うは、之を譬うれば猶お難に臨みて遽かに兵を鋳、噎に臨みて遽かに井を掘るがごとし。速やかなりと雖も亦た及ぶ無きのみ」と。
現代語訳
魯の昭公は国を失って斉に逃れてきました。景公は尋ねました。「あなたはとても若いのに、どうしてこのような事態になったのですか」。昭公は答えました。「私が若かったころ、私を慕ってくれる人は多かったのに、私は身を寄せて親しむことができませんでした。諫めてくれる人も多かったのに、私は嫌って従えませんでした。そのため、内には正してくれる者がなく、外には助けてくれる者がなく、助ける者も正す者も一人もいないまま、へつらう者ばかりが増えました。たとえるなら秋のよもぎのようです。根を細らせたまま枝葉ばかり茂らせ、秋風が一度吹くと倒れて舞い上がってしまいます」。景公はこの言葉に感心し、晏子に言いました。「この人を国に戻せたら、昔の賢君のようになるのではないか」。晏子は答えました。「そうではありません。愚かな者は後悔が多く、できの悪い者は自分を賢いと思い、溺れる者は落ちた場所を問わず、迷う者は道を共にしません。溺れてから落ちた場所を問い、迷ってから道を問うのは、難に臨んでから慌てて武器を鋳、喉をつまらせてから慌てて井戸を掘るようなものです。急いでも間に合いません」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』昭公五年 不穀の過ちなり祁午・張趯・籍談・女齊・梁丙・張骼・輔躒・苗賁皇有り。皆諸侯の選なり。韓襄は公族大夫為り。韓須は命を受けて使ひす。箕襄・邢帶・叔禽・叔椒・子羽、皆大家なり。韓の賦七邑は、皆成縣なり。羊舌の四族は、皆彊家なり。晉人若し韓起・楊肸を喪はば、五卿・八大夫、韓須・楊石を輔け、其の十家九縣に因りて、長轂九百、其の餘の四十縣、遺守四千、其の武怒を奮ひて、以て其の大恥に報いん。伯華之を謀り、中行伯・魏舒之を帥ゐば、其れ濟らざること蔑(な)からん。君將に親しみを以て怨みに易へんとし、實に禮無くして以て寇を速(まね)き、而も未だ其の備へ有らず。群臣をして往きて之に禽を遺(おく)らしめて、以て君の心を逞しくせんとす。何の可ならざることか之れ有らん」と。王曰く、「不穀の過ちなり。大夫辱むること無かれ」と。厚く韓子の為に禮す。王叔向を敖(あなど)るに其の知らざる所を以てせんと欲して能はず。亦た其の禮を厚くす。韓起反る。鄭伯諸を圉に勞ふ。辭して敢へて見えず。禮なり。
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『春秋左氏伝』僖公二十二年 宋襄の仁邾人須句の故を以て師を出だす。公邾を卑しみ、備へを設けずして之を禦ぐ。臧文仲曰く、「國に小無し、易るべからざるなり。備へ無ければ眾しと雖も、恃むべからざるなり。《詩》に曰く、『戰戰兢兢として、深淵に臨むが如く、薄冰を履むが如し』と。又曰く、『之を敬め之を敬め、天惟れ顯かなり、命易からざるかな』と。先王の明德すら、猶ほ難しとせざる無く、懼れざる無きなり、況んや我が小國をや。君其れ邾を小なりと謂ふ無かれ。蜂・蠆すら毒有り、而るを況んや國をや」と。聽かず。八月、丁未、公邾の師と升陘に戰ひ、我が師敗績す。邾人公の冑を獲て、諸を魚門に縣く。楚人宋を伐ちて以て鄭を救ふ。宋公將に戰はんとす。大司馬固諫めて曰く、「天の商を棄つること久し。君將に之を興さんとするは、赦すべからざるのみ」と。聽かず。冬、十一月、己巳、朔、宋公楚人と泓に戰ふ。宋人既に列を成し、楚人未だ既くは濟らず。司馬曰く、「彼は眾く我は寡し。其の未だ既くは濟らざるに及びて、請ふ之を擊たん」と。公曰く、「不可なり」と。既に濟りて未だ列を成さず、又以て告ぐ。公曰く、「未だ可ならず」と。既に陳して而る後に之を擊ち、宋の師敗績す。公股を傷つけ、門官殲く。
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『春秋左氏伝』桓公十三年 莫敖屈瑕の敗死十三年春、楚の屈瑕羅を伐つ。鬬伯比之を送る。還りて、其の禦に謂ひて曰く、「莫敖必ず敗れん。趾を舉ぐること高し、心固からず」と。遂に楚子に見えて曰く、「必ず師を濟せ」と。楚子焉を辭す。入りて夫人鄧曼に告ぐ。鄧曼曰く、「大夫は其れ眾の謂に非ず。其れ君の小民を撫するに信を以てし、諸司を訓ふるに德を以てし、而して莫敖を威すに刑を以てするを謂ふなり。莫敖は蒲騷の役に狃れ、將に自ら用ゐんとす。必ず羅を小とせん。君若し鎮撫せずんば、其れ備へを設けざらんか。夫れ固より君の眾を訓へて好く之を鎮撫し、諸司を召して之に勸むるに令德を以てし、莫敖を見て諸に天の假易せざるを告げよと謂ふなり。然らずんば、夫れ豈に楚の師の盡く行くを知らざらんや」と。楚子賴人をして之を追はしむ。及ばず。莫敖師に徇へしめて曰く、「諫むる者は刑有り」と。鄢に及び、次を亂して以て濟る。遂に次無く、且つ備へを設けず。羅に及ぶ。羅と盧戎と兩つながら之に軍す。大いに之を敗る。莫敖荒谷に縊れ、群帥冶父に囚へられて以て刑を聽く。楚子曰く、「孤の罪なり」と。皆之を免す。宋多く賂を鄭に責む。鄭命に堪へず。故に紀・魯を以て齊及び宋・衛・燕と戰ふ。戰ふ所を書せざるは、後るればなり。鄭人來りて好を修めんことを請ふ。
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『春秋左氏伝』昭公五年 始めを敬して終はりを思ふ晉の韓宣子楚に如きて女を送る。叔向介為り。鄭の子皮・子大叔、諸を索氏に勞ふ。大叔叔向に謂ひて曰く、「楚王の汏侈已甚し。子其れ之を戒めよ」と。叔向曰く、「汏侈已甚しきは、身の災ひなり。焉んぞ能く人に及ばん。若し吾が幣帛を奉じ、吾が威儀を慎み、之を守るに信を以てし、之を行ふに禮を以てし、始めを敬して終はりを思はば、終に復せざる無し。從ひて儀を失はず、敬して威を失はず、之を道くに訓辭を以てし、之を奉ずるに舊法を以てし、之を考ふるに先王を以てし、之を度るに二國を以てせば、汏侈と雖も我を若何せん」と。楚に及ぶ。楚子其の大夫を朝せしめて曰く、「晉は吾が仇敵なり。苟も志を得ば、其の他を恤ふる無けん。今其の來たる者は、上卿・上大夫なり。若し吾韓起を以て閽と為し、羊舌肸を以て司宮と為さば、以て晉を辱むるに足り、吾も亦た志を得ん。可ならんか」と。大夫對ふる莫し。薳啟彊曰く、「可なり。苟も其の備へ有らば、何の故に可ならざらん。匹夫を恥づかしむるすら以て備へ無かるべからず、況んや國を恥づかしむるをや。是を以て聖王は禮を行ふに務めて、人を恥づかしむるを求めず。
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国語・晋語一献公驪戎(りじゅう)を伐たんことを卜(ぼく)す。史蘇(しそ)之を占いて曰く、「勝ちて吉ならず」と。公曰く、「何の謂いぞや」と。対えて曰く、「兆に遇うに、挟むに銜骨(かんこつ)を以てし、歯牙猾(かつ)を為し、戎・夏交々捽(あいう)つ。交々捽つは、是れ交々勝つなり。臣故に云う。且つ口有りて、民を攜(はな)し、国心を移さんことを懼る」と。公曰く、「何の口か之れ有らん。口は寡人に在り。寡人受けずんば、誰か敢えて之を興さん」と。対えて曰く、「苟くも以て攜すべくんば、其の入るや必ず甘んじて受けん。逞(たくま)しくして知らず。胡(なん)ぞ壅(ふさ)ぐべけんや」と。公聴かず、遂に驪戎を伐ち、之に克つ。驪姫を獲て以て帰り、寵有り、立てて以て夫人と為す。公大夫に酒を飲ましめ、司正をして爵を実(み)たして史蘇に与えしめて曰く、「飲みて肴(さかな)無かれ。夫の驪戎の役に、女(なんじ)『勝ちて吉ならず』と曰えり。故に女を賞するに爵を以てし、女を罰するに肴無きを以てす。国に克ち妃を得たり。其れ吉有ること孰(いず)れか焉より大ならん」と。史蘇爵を卒(お)え、再拝稽首して曰く、「兆之有り。臣敢えて蔽わず。兆の紀を蔽わば、臣の官を失う。二罪有り、何を以て君に事えん。大罰将に及ばんとす。唯だに肴無きのみならず。抑々君も亦其の吉を楽しみて其の凶に備えよ。凶の有る無くんば、之に備うるも何ぞ害あらん。若し其れ凶有らば、之に備うるは瘳(い)ゆるを為す。臣の信ならざるは、国の福なり。何ぞ敢えて罰を憚らん」と。
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『十善法語』巻第十・不邪見戒之上又喩ヘテ云ハ。賢君明主ハ忠臣ヲ信任シ。諫言ヲ用ル如クシヤ。漢ノ高祖カ諫ニ従フコト流ノ如ク。唐ノ太宗ノ魏徴カ苦諫ノ言ヲ用ヒアリシ類。ソノ如ク。正法ノ因縁アル者ハ必ス不邪見戒ニ随順スルシヤ。此ニ反シテ宿福ナキ者ハ。智者モ愚者モ。学者モ不学者モ仏アルコトヲ信セヌ。法アルコトヲ信セヌ。聖賢アルコトヲ信セヌ。神祇有コトヲ信セヌ。善悪報応有コトヲ信セヌシヤ。
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