晏子春秋 / 問上・景公問欲如桓公用管仲以成霸業晏子對以不能
今君疏遠賢人,而任讒諛,使民若不勝,藉斂若不得,厚取於民,而薄其施;多求于諸侯,而輕其禮。府藏朽蠹,而禮悖于諸侯;菽粟藏深,而怨積于百姓。君臣交惡,而政刑無常。臣恐國之危失,而公不得享也,又惡能彰先君之功烈,而繼管子之業乎?」
新字:今君疏遠賢人,而任讒諛,使民若不勝,藉斂若不得,厚取於民,而薄其施;多求于諸侯,而軽其礼。府蔵朽蠹,而礼悖于諸侯;菽粟蔵深,而怨積于百姓。君臣交悪,而政刑無常。臣恐国之危失,而公不得享也,又悪能彰先君之功烈,而継管子之業乎?」
書き下し
今君賢人を疏遠して、讒諛を任じ、民を使うこと勝えざるが若く、藉斂すること得ざるが若く、厚く民より取りて、其の施すこと薄く、多く諸侯に求めて、其の礼を軽んず。府蔵朽蠹して、礼は諸侯に悖り、菽粟深く蔵されて、怨みは百姓に積む。君臣交ごも悪み、而して政刑常無し。臣国の危うく失われて、公の享くるを得ざらんことを恐る、又た悪くんぞ能く先君の功烈を彰らかにして、管子の業を継がんや」と。
現代語訳
「いま君は賢者を遠ざけて讒言や追従の者を任じ、民を使うときは耐えられないほど酷使し、徴税するときは取りきれないかのように厳しく、民から厚く取りながらその施しは薄く、諸侯には多くを求めながらその礼は軽んじています。官庫の財は朽ち虫に食われ、礼は諸侯にそむき、穀物は深く蔵されたまま、怨みは民に積もります。君臣は互いに憎み合い、政と刑には一定の基準がありません。私は、国が危うくなり失われて、君がその享受を保てなくなることを恐れます。それなのに、どうして先君の功績を明らかにし、管子の事業を継ぐことができるでしょうか」。
解説
この章句が説くこと
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史記 越王句践世家二歳にして呉、蠡を帰す。句践、会稽より帰りて七年、其の士民を拊循し、用ひて以て呉に報いんと欲す。大夫逢同諫めて曰く、「国新たに流亡し、今乃ち復た殷給す。繕飾して利を備へば、呉必ず懼れん。懼るれば則ち難必ず至らん。且つ鷙鳥の撃つや、必ず其の形を匿す。今夫れ呉は兵を斉・晋に加へ、怨みは楚・越に深く、名は天下に高く、実は周室を害す。徳少なくして功多く、必ず淫して自ら矜らん。越の為に計るに、斉に結び、楚に親しみ、晋に附きて、以て呉を厚くするに若くは莫し。呉の志広ければ、必ず戦ひを軽んぜん。是れ我其の権を連ね、三国之を伐ち、越其の弊に承ずれば、克つべきなり」と。句践曰く、「善し」と。居ること二年、呉王将に斉を伐たんとす。子胥諫めて曰く、「未だ可ならず。臣聞く、句践は食に味を重ねず、百姓と苦楽を同じくすと。此の人死せずんば、必ず国の患と為らん。呉に越有るは、腹心の疾なり。斉の呉に与けるは、疥癬なり。願はくは王、斉を釈きて越を先にせよ」と。呉王聴かず、遂に斉を伐ち、之を艾陵に敗り、斉の高・国を虜にして以て帰る。子胥を譲む。子胥曰く、「王喜ぶ毋かれ」と。王怒り、子胥自殺せんと欲す。王聞きて之を止む。越の大夫種曰く、「臣、呉王の政を観るに驕れり。請ふ試みに之に粟を貸らんことを嘗み、以て其の事を卜せん」と。貸らんことを請ふ。呉王与へんと欲し、子胥与ふる勿かれと諫む。王遂に之に与ふ。越乃ち私かに喜ぶ。子胥言ひて曰く、「王諫めを聴かず、後三年にして呉其れ墟とならんか」と。太宰嚭之を聞き、乃ち数々子胥と越の議を争ひ、因りて子胥を讒して曰く、「伍員は貌は忠なれども実は忍人なり。其の父兄をすら顧みず、安んぞ能く王を顧みんや。王前に斉を伐たんと欲するや、員彊く諫む。已にして功有り、是を用て反りて王を怨む。王、伍員に備へずんば、員必ず乱を為さん」と。逢同と共に謀り、之を王に讒す。王始め従はず。乃ち子胥を斉に使はす。其の子を鮑氏に託するを聞き、王乃ち大いに怒りて曰く、「伍員果たして寡人を欺けり」と。役より反り、人をして子胥に属鏤の剣を賜ひて以て自殺せしむ。
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