晏子春秋 / 諫下・景公為巨冠長衣以聽朝晏子諫
景公為巨冠長衣以聽朝,疾視矜立,日晏不罷。晏子進曰:「聖人之服,中侻而不駔,可以導眾;其動作,侻順而不逆,可以奉生,是以下皆法其服,而民爭學其容。今君之服,駔華不可以導眾,疾視矜立,不可以奉生,日晏矣,君不若脫服就燕。」公曰:「寡人受命。」退朝,遂去衣冠,不復服。
新字:景公為巨冠長衣以聴朝,疾視矜立,日晏不罷。晏子進曰:「聖人之服,中侻而不駔,可以導衆;其動作,侻順而不逆,可以奉生,是以下皆法其服,而民争学其容。今君之服,駔華不可以導衆,疾視矜立,不可以奉生,日晏矣,君不若脱服就燕。」公曰:「寡人受命。」退朝,遂去衣冠,不復服。
書き下し
景公巨冠長衣を為し以て朝を聴く。疾視し矜立し、日晏けて罷めず。晏子進みて曰く、「聖人の服は、中侻にして駔ならず、以て衆を導く可し。其の動作は、侻順にして逆ならず、以て生を奉ず可し。是を以て下皆其の服に法り、而して民其の容を争い学ぶ。今君の服は、駔華にして以て衆を導く可からず。疾視矜立は、以て生を奉ず可からず。日晏けぬ、君は服を脱ぎて燕に就くに若かず」と。公曰く、「寡人命を受く」と。朝を退き、遂に衣冠を去り、復た服せず。
現代語訳
景公は大きな冠と長い衣を身につけて朝廷で政務を聴き、鋭い目でにらみ、威張って立ち、日が暮れても終えようとしませんでした。晏子は進み出て言いました。「聖人の服は、ほどよくゆったりとして粗くなく、人々を導くことができます。その立ち居振る舞いはなめらかで逆らうところがなく、命を養うことができます。そのため下の者はみな聖人の服にならい、民はその姿を争って学びます。今、殿の服は、粗く派手で、人々を導くことができません。鋭い目でにらみ、威張って立つのは、命を養うことができません。日も暮れました。服を脱いで、くつろいだ宴にお就きになるのがよいでしょう。」公は「教えを受けよう」と言い、朝廷から退き、衣冠を脱いで、二度とその服を着ませんでした。
解説
この章句が説くこと
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『秘本玉くしげ』下 否と言へぬ政道大小の事何によらず、よき料簡あらば、たとひ軽き人なりとも、少しも憚ることなく申出るやうに有たきもの也。然れども、惣体たゞ上の事をおもおもしくするならひにて、中中軽き人などは御政務筋のことなどは申出がたきやうのならひにて、万一身分に過たることなどを申出れば、上を軽んじしひるなどいひたてて却て咎められ、或は又よき料簡ありて申出ることありても、傍よりとやかく妨げて其申分立がたく、又何事にても一料簡ある事は、かならずすこしはさはる所もあるものなれば、そのさはる所よりこれを妨げなどするほどに、申出たき事有ても憚りて得申出ざる也。況や君へ諫言がましき事などは決して申上られぬことになれり。諫言はさておき、主君の一度仰出されたる事は、詞をかへして「否それは」とも申されぬことになれるは、あまりにおもおもしきならはしにて、甚しき政道の妨也。随分に威を厳重にして下の恐るるやうにすべきは勿論の事なれども、それも事により程のあるべきこと也。
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『十善法語』巻第八・不貪欲戒此位アリテ居ル。下ヲ侮レバ害ノ生スルコトヲ知ル。乱世ニハ功労ノ臣ト坐起ヲ共ニシテ其忠義ヲ励マス。治世ニハ。有徳ヲ尊重シテ風化ヲ淳厚ニスルト云コトシヤ。沙門法ノ中ハ。諸ノ賢聖徳ヲ隠シテ凡夫ニ如同スル。此儀シヤ。此富アリテ有ツ。妄ニ用フレハ徳ヲ敗ルコトヲ知ル。財利民ノ為ニツム。器械国ノ為ニ設ク。城邑橋梁。神社仏閣。ソノ教ニ随テ国界ヲ荘厳スルト云コトシヤ。沙門法ノ中ハ。資財ミナ三宝ニ帰シテ自ラ畜積セヌ。此儀シヤ。此威力アリテ他ヲ伏スル。驕レハ禍蕭牆ノ中ニ起ル。顔色常ニ和ス。威厳此中ニアリテ尽ルコトナイ。音声常ニ和ス。威厳此中ニ在テ尽ルコトナイ。挙動常ニ謙下ス。威厳此中ニ在テ尽ルコトナイ。万国ヲ制伏スルニ。十分ノ威権ヲ用ヒヌ。此中威海外ヲ靡ケ。徳鰥寡ニ及フト云コトシヤ。沙門法ノ中ハ。遺教経ニ執持応器以乞自活。自見如是トアル。此儀シヤ。
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言志四録・言志耋録 第二百五十四条 威あって猛からず人主は最も明威を要す。徳威惟れ威なれば、則ち威あって猛からず。徳明惟れ明なれば、則ち明にして察ならず。
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牧民忠告・御下小にしては一邑(いちゆう)と為り、大にしては天下と為るも、賞罰明らかなれば、則ち声色を煩わさずして威令自(おのずか)ら行わる。人徒(ただ)民を治むるの難きを知りて、吏を治むるの尤(もっと)も難きを知らず。蓋し吏は官と比(ひ)し、詭詐(きさ)生じ易し。民は官に遠く、理法を知る能わず、誤(あやま)って然(しか)して犯す、宜(むべ)なるかな矜(あわれ)む可きがごとし。吏は則ち日(ひび)法律の中に処り、知らざるに非ざるなり、小過懲(こ)らさざれば、必ず大患を為し、忌憚(きたん)する所無からん。嘗て聞く、「民を治むるは目を治むるが如し、撥触(はっしょく)すれば則ち益々昏(くら)し。吏を治むるは歯牙(しが)を治むるが如し、剔漱(てきそう)すれば則ち益々利(と)し」と。《伝》に曰わく、「威其の愛に克てば允(まこと)に済(な)る、愛其の威に克てば允に罔(あやま)る」と。功(こう)此れに法(のっと)りて行わば、断じて治め難きに至らじ。
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『家道訓』巻之三・総論下一家人に対するに、厳正にして厚重なれば、おのづから威ありて人あなどらず。かくの如くなれば、怒りてはげしく悪言を出さざれども、人おそる。一子弟はいふに及ばず、下部に対すとも、其の罪あるをいかり、悪言を出していやしむべからず。又うちたたきはづかしめて、犬馬の如くいやしむべからず。下部も亦人の子にして、人倫なり。人倫の交此のごとく情なかるべからず。いやしくとも、人倫の道を以てつかふべし。いはんや天地のうみて子としてあはれみ給ふ人なれば、いやしめにくむべからず。又人の過悪を責めて、人のために我が心を乱して、怒りにやぶらるべからず。是己ををさめ人ををさむる道を失へりといふべし。怒甚しければ、必ず目をいららげことばをあらくして、人をいやしむるにいたる。君子のしわざ、此の如く心をとりみだしてみぐるしかるべからず。又責めらるる者は、我が悪しきをわすれ、恥辱にあひたるを本意なくおもひ、いかりうらみて心服せず。下部にあやまりあらば、只従容として誠を以ていましめ正さば、彼もし人心あらば感通すべし。
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