晏子春秋 / 諫上・景公欲使楚巫致五帝以明德晏子諫
棄賢而用巫,而求帝王之在身也?夫民不苟德,福不苟降,而求帝王,不亦難乎?惜夫君位之高,所論之卑也。」公曰:「裔款以楚巫命寡人曰:『試嘗見而觀焉。』寡人見而說之,信其道,行其言。今夫子譏之,請逐楚巫而拘裔款。」晏子曰:「楚巫不可出。」公曰:「何故?」對曰:「楚巫出,諸侯必或受之。公信之,以過於內,不知。出以易諸侯于外,不仁。請東楚巫而拘裔款。」公曰:「諾。」故曰送楚巫於東,而拘裔款于國也。
新字:棄賢而用巫,而求帝王之在身也?夫民不苟徳,福不苟降,而求帝王,不亦難乎?惜夫君位之高,所論之卑也。」公曰:「裔款以楚巫命寡人曰:『試嘗見而観焉。』寡人見而説之,信其道,行其言。今夫子譏之,請逐楚巫而拘裔款。」晏子曰:「楚巫不可出。」公曰:「何故?」対曰:「楚巫出,諸侯必或受之。公信之,以過於内,不知。出以易諸侯于外,不仁。請東楚巫而拘裔款。」公曰:「諾。」故曰送楚巫於東,而拘裔款于国也。
書き下し
賢を棄てて巫を用いて、帝王の身に在るを求めんや。夫れ民は徳を苟くもせず、福は苟くも降らず、而して帝王を求むる、亦た難からずや。惜しいかな、夫の君位の高くして、論ずる所の卑きこと」と。公曰く、「裔款は楚巫を以て寡人に命じて曰く、『試みに嘗て見て観よ』と。寡人見て之を説び、其の道を信じ、其の言を行えり。今夫子之を譏る、請う楚巫を逐いて裔款を拘えん」と。晏子曰く、「楚巫は出だす可からず」と。公曰く、「何の故ぞ」と。対えて曰く、「楚巫出でば、諸侯必ず或いは之を受けん。公之を信じて以て内に過つは、知らざるなり。出だして以て諸侯に外に易うるは、不仁なり。請う楚巫を東し、裔款を拘えん」と。公曰く、「諾」と。故に曰く、楚巫を東に送り、而して裔款を国に拘うるなり、と。
現代語訳
賢者を捨てて巫を用いながら、帝王の徳が身に備わることを求めるのですか。民は徳をおろそかにせず、福はいい加減には降りません。それなのに帝王の徳を求めるのは、難しいことではありませんか。惜しいことです、君の位は高いのに、論じられていることが卑しいとは。」公は言いました。「裔款は楚の巫を紹介して私に、『試しに会って見てください』と言った。私は会って気に入り、その道を信じ、その言葉を行った。今、先生がこれを非難するので、楚の巫を追い出し、裔款を捕らえたい。」晏子は言いました。「楚の巫は追い出してはいけません。」公は言いました。「なぜか。」答えて言いました。「楚の巫を追い出せば、諸侯の中に必ず受け入れる者がいます。公が彼を信じて国内で誤ったことは、知らなかったためです。追い出して諸侯にそれを渡すのは、不仁です。どうか楚の巫を東へ送り、裔款を捕らえてください。」公は言いました。「よろしい。」そこで、楚の巫を東に送り、裔款を国内で捕らえた、と言うのです。
解説
この章句が説くこと
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