維摩経 / 見阿閦佛品第十二(3)
佛知一切眾會所念。告維摩詰言。善男子。為此眾會。現妙喜國無動如來及諸菩薩聲聞之眾。眾皆欲見。於是維摩詰心念。吾當不起于座接妙喜國。鐵圍山川溪谷江河。大海泉源須彌諸山。及日月星宿。天龍鬼神梵天等宮。并諸菩薩聲聞之眾。城邑聚落男女大小。乃至無動如來及菩提樹諸妙蓮華。能於十方作佛事者。三道寶階從閻浮提至忉利天以此寶階諸天來下。悉為禮敬無動如來聽受經法。閻浮提人。亦登其階。上昇忉利見彼諸天。妙喜世界成就如是無量功德上至阿迦膩吒天。下至水際。以右手斷取如陶家輪。入此世界猶持華鬘示一切眾。作是念已入於三昧現神通力。以其右手斷取妙喜世界置於此土。彼得神通菩薩及聲聞眾并餘天人。俱發聲言。唯然世尊。誰取我去。願見救護。無動佛言。非我所為。是維摩詰神力所作。其餘未得神通者。不覺不知己之所往。妙喜世界雖入此土而不增減。於是世界亦不迫隘如本無異。
新字:仏知一切衆会所念。告維摩詰言。善男子。為此衆会。現妙喜国無動如来及諸菩薩声聞之衆。衆皆欲見。於是維摩詰心念。吾当不起于座接妙喜国。鉄囲山川渓谷江河。大海泉源須弥諸山。及日月星宿。天竜鬼神梵天等宮。并諸菩薩声聞之衆。城邑聚落男女大小。乃至無動如来及菩提樹諸妙蓮華。能於十方作仏事者。三道宝階従閻浮提至忉利天以此宝階諸天来下。悉為礼敬無動如来聴受経法。閻浮提人。亦登其階。上昇忉利見彼諸天。妙喜世界成就如是無量功徳上至阿迦膩吒天。下至水際。以右手断取如陶家輪。入此世界猶持華鬘示一切衆。作是念已入於三昧現神通力。以其右手断取妙喜世界置於此土。彼得神通菩薩及声聞衆并余天人。倶発声言。唯然世尊。誰取我去。願見救護。無動仏言。非我所為。是維摩詰神力所作。其余未得神通者。不覚不知己之所往。妙喜世界雖入此土而不增減。於是世界亦不迫隘如本無異。
書き下し
仏、一切の衆会の念う所を知りて、維摩詰に告げて言いたまわく、善男子、此の衆会の為に、妙喜国の無動如来及び諸の菩薩・声聞の衆を現ぜよ。衆皆見んと欲す。是に於いて維摩詰、心に念ず、吾れ当に座より起たずして、妙喜国の鉄囲山・川・渓谷・江河・大海・泉源・須弥の諸山、及び日月星宿、天龍鬼神・梵天等の宮、并びに諸の菩薩・声聞の衆、城邑聚落・男女大小、乃至、無動如来及び菩提樹、諸の妙蓮華、能く十方に於いて仏事を作す者、三道の宝階の閻浮提より忉利天に至り、此の宝階を以て諸天来たり下り、悉く無動如来を礼敬し、経法を聴受せんが為なり、閻浮提の人も亦其の階に登り、忉利に上昇して彼の諸天を見る、妙喜世界の是くの如き無量の功徳を成就せること、上は阿迦膩吒天に至り、下は水際に至る、右手を以て断取すること陶家の輪の如くし、此の世界に入るるに、猶お華鬘を持ちて一切の衆に示すが如くせんと。是の念を作し已りて三昧に入り、神通力を現ず。其の右手を以て、妙喜世界を断取して此の土に置く。彼の神通を得たる菩薩及び声聞衆、并びに余の天人、倶に声を発して言わく、唯然り、世尊、誰か我を取りて去る、願わくは救護せられんことを。無動仏の言わく、我が為す所に非ず。是れ維摩詰の神力の作す所なり。其の余の未だ神通を得ざる者は、覚えず知らず、己の往く所を。妙喜世界は此の土に入ると雖も、増減せず。是に於いて世界も亦、迫隘せず、本の如くにして異なること無し。
現代語訳
仏は集まったすべての人々の思いを知って、維摩詰に言いました。「善き人よ、この集会の人々のために、妙喜国の無動如来と、その菩薩や声聞の人々を現して見せなさい。みな見たいと願っている。」そこで維摩詰は心に念じました。「私は座を立たずに、妙喜国を、すなわち鉄囲山、山川、渓谷、河川、大海、泉、須弥山などの諸々の山、太陽や月や星、天、龍、鬼神、梵天などの宮殿、菩薩や声聞の人々、町や村、男女の老若、さらに無動如来と菩提樹、あらゆる妙なる蓮華、十方で仏のはたらきをなすもの、閻浮提から忉利天に至る三道の宝の階段、この宝の階段を使って諸天が降りてきて無動如来を礼拝し経法を聞くところ、閻浮提の人もその階段を上って忉利天に昇り、そこの諸天に会うところ、そうした無量の功徳を成し遂げた妙喜世界を、上は阿迦膩吒天から下は水のきわまで、右手で陶工のろくろのように切り取って、この世界に入れよう。それは花輪を手に持って人々に見せるようなものだ。」この念を起こし終えると、三昧に入って神通力を現しました。右手で妙喜世界を切り取り、この国土に置いたのです。神通を得た菩薩や声聞、そのほかの天人たちは、声をそろえて言いました。「世尊、誰が私たちを連れ去るのですか。どうか救い守ってください。」無動仏は言いました。「私のしたことではない。これは維摩詰の神通力がしたことだ。」神通をまだ得ていない者たちは、自分がどこへ運ばれたのかも気づきませんでした。妙喜世界はこの国土に入っても、増えも減りもしません。この世界も狭くなることなく、もとのままで変わりありませんでした。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
維摩経・見阿閦佛品第十二(4)爾の時、釈迦牟尼仏、諸の大衆に告げたまわく、汝等、且く妙喜世界の無動如来を観よ。其の国の厳飾、菩薩の行の浄き、弟子の清白なることを。皆曰く、唯然り、已に見たり。仏の言わく、若し菩薩、是くの如き清浄の仏土を得んと欲せば、当に無動如来の所行の道を学ぶべし。此の妙喜国を現ずる時、娑婆世界の十四那由他の人、阿耨多羅三藐三菩提の心を発し、皆願わくは妙喜の仏土に生ぜん。釈迦牟尼仏、即ち之に記して曰く、当に彼の国に生ずべし。時に妙喜世界、此の国土に於いて、応に饒益すべき所の其の事訖り已りて、還た本の処に復し、挙衆皆見る。仏、舎利弗に告げたまわく、汝、此の妙喜世界及び無動仏を見るや不や。唯然り、已に見たり。世尊、願わくは一切の衆生をして清浄土を得ること無動仏の如くならしめ、神通力を獲ること維摩詰の如くならしめん。世尊、我等、快く善利を得たり。是の人を見て親近し供養することを得たり。其の諸の衆生、若しは今現在、若しは仏滅後に、此の経を聞かば、亦善利を得ん。況んや復た聞き已りて信解し受持し読誦し解説して如法に修行せんをや。若し手に是の経典を得ること有らば、便ち已に法宝の蔵を得たりと為す。若し読誦し、其の義を解釈し、説の如く修行すること有らば、即ち諸仏の護念する所と為る。其れ是くの如き人を供養すること有らば、当に知るべし、即ち仏を供養すと為す。其れ此の経巻を書持すること有らば、当に知るべし、其の室に即ち如来有り。若し是の経を聞きて能く随喜せば、斯の人は即ち一切智を取ると為す。若し能く此の経を信解し、乃至、一四句偈をも他の為に説かば、当に知るべし、此の人は即ち是れ阿耨多羅三藐三菩提の記を受くるなり。
-
維摩経・見阿閦佛品第十二(2)爾の時、舎利弗、維摩詰に問う、汝、何れに没して此に来生するや。維摩詰言わく、汝が得る所の法に没生有りや。舎利弗言わく、没生無きなり。若し諸法に没生の相無くんば、云何ぞ問いて、汝、何れに没して此に来生すると言うや。意に於いて云何。譬えば幻師の幻に男女を作る、寧ろ没生せんや。舎利弗言わく、没生無きなり。汝、豈に仏の、諸法は幻の相の如しと説きたまうを聞かざらんや。答えて曰く、是くの如し。若し一切の法、幻の相の如くならば、云何ぞ問いて、汝、何れに没して此に来生すると言うや。舎利弗、没とは虚誑の法の敗壊の相為り。生とは虚誑の法の相続の相為り。菩薩は没すと雖も善本を尽くさず、生ずと雖も諸悪を長ぜず。是の時、仏、舎利弗に告げたまわく、国有り、妙喜と名づく。仏の号を無動と曰う。是の維摩詰、彼の国に没して此に来生せり。舎利弗言わく、未曾有なり、世尊。是の人、乃ち能く清浄土を捨てて、此の怒害多き処に来たりて楽しむ。維摩詰、舎利弗に語る、意に於いて云何。日光の出づる時、冥と合するや。答えて曰く、不なり。日光の出づる時は、即ち衆冥無し。維摩詰言わく、夫れ日は何が故に閻浮提を行く。答えて曰く、明照を以て之が為に冥を除かんと欲するなり。維摩詰言わく、菩薩も是くの如し。不浄の仏土に生ずと雖も、衆生を化せんが為の故に、愚闇と共に合せず。但だ衆生の煩悩の闇を滅するのみ。是の時、大衆渇仰して、妙喜世界の無動如来、及び其の菩薩・声聞の衆を見んと欲す。
-
維摩経・不思議品第六(2)爾の時、長者維摩詰、文殊師利に問う、「仁者、無量千万億阿僧祇の国に遊ぶに、何等の仏土か、好き上妙の功徳成就せる師子の座有る」と。文殊師利言わく、「居士、東方に三十六恒河沙の国を度りて世界有り、名づけて須弥相と曰う。其の仏を須弥灯王と号し、今現在す。彼の仏の身の長さは八万四千由旬、其の師子の座の高さは八万四千由旬にして、厳飾第一なり」と。是に於いて長者維摩詰、神通力を現ず。即時に彼の仏、三万二千の師子の座の高広厳浄なるを遣わし、維摩詰の室に来入せしむ。諸の菩薩・大弟子・釈梵四天王等、昔より未だ見ざる所なり。其の室広博にして、悉く皆な三万二千の師子の座を包容し、妨げ礙ぐる所無し。毘耶離城及び閻浮提の四天下に於いても、亦た迫迮せず、悉く見ること故の如し。 爾の時、維摩詰、文殊師利に語る、「師子の座に就き、諸の菩薩上人と俱に坐せよ。当に自ら身を立てて彼の座の像の如くすべし」と。其の神通を得たる菩薩は即ち自ら形を変じ、四万二千由旬と為りて師子の座に坐す。諸の新発意の菩薩及び大弟子は、皆な昇ること能わず。
-
維摩経・不思議品第六(3)爾の時、維摩詰、舎利弗に語る、「師子の座に就け」と。舎利弗言わく、「居士、此の座は高広にして吾れ昇ること能わず」と。維摩詰言わく、「唯、舎利弗よ、須弥灯王如来の為に礼を作さば、乃ち坐することを得べし」と。是に於いて新発意の菩薩及び大弟子、即ち須弥灯王如来の為に礼を作し、便ち師子の座に坐することを得たり。舎利弗言わく、「居士、未曾有なり。是の如き小室、乃ち此の高広の座を容受す。毘耶離城に於いて妨げ礙ぐる所無く、又、閻浮提の聚落・城邑及び四天下の諸天・龍王・鬼神の宮殿に於いても、亦た迫迮せず」と。維摩詰言わく、「唯、舎利弗よ、諸仏菩薩に解脱有り、不可思議と名づく。若し菩薩、是の解脱に住せば、須弥の高広を以て芥子の中に内れて増減する所無し。須弥山王の本相は故の如くにして、四天王・忉利の諸天は、己の入る所を覚らず知らず。唯だ度すべき者のみ、乃ち須弥の芥子に入るを見る。是れを不思議解脱法門に住すと名づく。又、四大海の水を以て一毛孔に入れて、魚・鼈・黿・鼉・水性の属を嬈さず。而も彼の大海の本相は故の如く、諸の龍・鬼神・阿修羅等は、己の入る所を覚らず知らず。此の衆生に於いても亦た嬈す所無し。 又、舎利弗、不可思議解脱に住する菩薩は、三千大千世界を断取すること、陶家の輪の如くにして右掌の中に著け、擲げて恒河沙の世界の外に過ぐ。其の中の衆生は、己の往く所を覚らず知らず。又た復た還して本処に置くも、都て人をして往来の想有らしめず。而も此の世界の本相は故の如し。 又、舎利弗、或いは衆生の久しく世に住することを楽いて度すべき者有り。菩薩は即ち七日を延べて以て一劫と為し、彼の衆生をして之を一劫と謂わしむ。或いは衆生の久しく住することを楽わずして度すべき者有り。菩薩は即ち一劫を促めて以て七日と為し、彼の衆生をして之を七日と謂わしむ。 又、舎利弗、不可思議解脱に住する菩薩は、一切の仏土の厳飾の事を以て、一国に集めて衆生に示す。又、菩薩は一仏土の衆生を以て之を右掌に置き、十方に飛到して遍く一切に示すも、而も本処を動かず。
-
維摩経・佛國品第一(8)即時に三千大千世界、若干百千の珍宝もて厳飾せらる。譬えば宝荘厳仏の無量功徳宝荘厳土の如し。一切の大衆、未曾有なりと歎じ、而も皆自ら宝蓮華に坐せるを見る。仏、舎利弗に告げたまわく、汝、且く是の仏土の厳浄なるを観よ。舎利弗の言わく、唯然り世尊。本より見ざる所、本より聞かざる所なり。今、仏の国土の厳浄、悉く現ぜり。仏、舎利弗に語りたまわく、我が仏国土は常に浄きこと此くの若し。斯の下劣の人を度せんと欲するが為の故に、是の衆悪不浄の土を示すのみ。譬えば諸天の宝器を共にして食するに、其の福徳に随いて飯の色に異なること有るが如し。是くの如し舎利弗、若し人の心浄ければ便ち此の土の功徳荘厳を見る。仏、此の国土の厳浄を現じたもう時、宝積の将いる所の五百の長者の子、皆無生法忍を得、八万四千人、皆阿耨多羅三藐三菩提心を発す。仏、神足を摂めたもう。是に於て世界、還た復た故の如し。声聞乗を求むる三万二千の天及び人、有為の法は皆悉く無常なりと知り、塵を遠ざけ垢を離れて法眼浄を得。八千の比丘は諸法を受けず、漏尽きて意解く。
-
維摩経・香積佛品第十(1)是に於いて舎利弗、心に念ず、日の時至らんと欲す、此の諸の菩薩は当に何れの所に食すべき、と。 時に維摩詰、其の意を知りて語りて言わく、仏は八解脱を説く、仁者受行せり。豈に欲食を雑えて法を聞かんや。若し食せんと欲せば且く須臾を待て、当に汝をして未曾有の食を得しめん、と。 時に維摩詰、即ち三昧に入り、神通力を以て諸の大衆に示す。上方界分、四十二恒河沙の仏土を過ぎて、国有り、衆香と名づく。仏を香積と号し、今現在す。其の国の香気は、十方の諸仏の世界の人天の香に比ぶるに最も第一なり。彼の土には声聞・辟支仏の名有ること無く、唯だ清浄の大菩薩衆有りて、仏の為に法を説く。其の界は一切皆香を以て楼閣を作り、経行する香地、苑園皆香なり。其の食の香気は十方無量の世界に周流す。時に彼の仏、諸の菩薩と方に共に坐して食す。諸の天子有り、皆香厳と号し、悉く阿耨多羅三藐三菩提の心を発し、彼の仏及び諸の菩薩を供養す。此の諸の大衆、目に見ざる莫し。 時に維摩詰、衆の菩薩に問うて言わく、諸の仁者よ、誰か能く彼の仏の飯を致さん、と。文殊師利の威神力を以ての故に、咸皆默然たり。維摩詰の言わく、仁者の此の大衆、乃ち恥ずべきこと無からんや、と。 文殊師利の曰わく、仏の言う所の如し、未学を軽んずること勿かれ、と。 是に於いて維摩詰、座を起たずして衆会の前に居り、化して菩薩を作す。相好光明威徳殊勝にして、衆会を蔽う。而して之に告げて曰わく、汝、上方界分に往け。四十二恒河沙の仏土を度りて、国有り、衆香と名づく。仏を香積と号し、諸の菩薩と方に共に坐して食す。汝彼に往き到りて我が辞の如く曰え、維摩詰、世尊の足下に稽首し、敬いを致すこと無量にして、起居を問訊し、少病少悩、気力安きや不や。願わくは世尊の食する所の餘を得て、当に娑婆世界に於いて仏事を施作し、此の小法を楽う者をして弘大の道を得しめ、亦た如来の名声をして普く聞かしめん、と。