維摩経 / 不思議品第六(4)
又舍利弗。十方眾生供養諸佛之具。菩薩於一毛孔皆令得見。又十方國土所有日月星宿。於一毛孔普使見之。 又舍利弗。十方世界所有諸風。菩薩悉能吸著口中而身無損。外諸樹木亦不摧折。又十方世界劫盡燒時。以一切火內於腹中。火事如故而不為害。又於下方過恒河沙等諸佛世界。取一佛土舉著上方。過恒河沙無數世界。如持鍼鋒舉一棗葉而無所嬈。 又舍利弗。住不可思議解脫菩薩。能以神通現作佛身。或現辟支佛身。或現聲聞身。或現帝釋身。或現梵王身。或現世主身。或現轉輪王身。又十方世界所有眾聲。上中下音皆能變之令作佛聲。演出無常苦空無我之音。及十方諸佛所說種種之法。皆於其中。普令得聞。 舍利弗。我今略說菩薩不可思議解脫之力。若廣說者窮劫不盡。是時大迦葉。聞說菩薩不可思議解脫法門。歎未曾有。謂舍利弗。譬如有人於盲者前現眾色像非彼所見。一切聲聞聞是不可思議解脫法門。不能解了為若此也。智者聞是。其誰不發阿耨多羅三藐三菩提心。我等何為永絕其根。於此大乘已如敗種。一切聲聞聞是不可思議解脫法門。皆應號泣聲震三千大千世界。一切菩薩應大欣慶頂受此法。若有菩薩信解不可思議解脫法門者。一切魔眾無如之何。大迦葉說是語時。三萬二千天子皆發阿耨多羅三藐三菩提心。
新字:又舎利弗。十方衆生供養諸仏之具。菩薩於一毛孔皆令得見。又十方国土所有日月星宿。於一毛孔普使見之。 又舎利弗。十方世界所有諸風。菩薩悉能吸著口中而身無損。外諸樹木亦不摧折。又十方世界劫尽焼時。以一切火内於腹中。火事如故而不為害。又於下方過恒河沙等諸仏世界。取一仏土舉著上方。過恒河沙無数世界。如持鍼鋒舉一棗葉而無所嬈。 又舎利弗。住不可思議解脱菩薩。能以神通現作仏身。或現辟支仏身。或現声聞身。或現帝釈身。或現梵王身。或現世主身。或現転輪王身。又十方世界所有衆声。上中下音皆能変之令作仏声。演出無常苦空無我之音。及十方諸仏所説種種之法。皆於其中。普令得聞。 舎利弗。我今略説菩薩不可思議解脱之力。若広説者窮劫不尽。是時大迦葉。聞説菩薩不可思議解脱法門。嘆未曽有。謂舎利弗。譬如有人於盲者前現衆色像非彼所見。一切声聞聞是不可思議解脱法門。不能解了為若此也。智者聞是。其誰不発阿耨多羅三藐三菩提心。我等何為永絶其根。於此大乗已如敗種。一切声聞聞是不可思議解脱法門。皆応号泣声震三千大千世界。一切菩薩応大欣慶頂受此法。若有菩薩信解不可思議解脱法門者。一切魔衆無如之何。大迦葉説是語時。三万二千天子皆発阿耨多羅三藐三菩提心。
書き下し
又、舎利弗、十方の衆生の諸仏を供養する具を、菩薩は一毛孔に於いて皆な見ることを得しむ。又、十方の国土の所有る日月星宿を、一毛孔に於いて普く之を見しむ。 又、舎利弗、十方世界の所有る諸風を、菩薩は悉く能く吸いて口中に著けて、身に損なわれず、外の諸の樹木も亦た摧け折れず。又、十方世界の劫尽きて焼くる時、一切の火を以て腹中に内れ、火の事は故の如くして害を為さず。又、下方の恒河沙等の諸仏世界を過ぎて、一仏土を取りて上方に挙げ著け、恒河沙無数の世界を過ぐること、鍼の鋒を持ちて一の棗の葉を挙ぐるが如くにして嬈す所無し。 又、舎利弗、不可思議解脱に住する菩薩は、能く神通を以て現じて仏身と作る。或いは辟支仏の身を現じ、或いは声聞の身を現じ、或いは帝釈の身を現じ、或いは梵王の身を現じ、或いは世主の身を現じ、或いは転輪王の身を現ず。又、十方世界の所有る衆声の上中下の音を、皆な能く之を変じて仏の声と作さしめ、無常・苦・空・無我の音、及び十方の諸仏の説きたまう所の種種の法を演出し、皆な其の中に於いて、普く聞くを得しむ。 舎利弗、我れ今、略して菩薩の不可思議解脱の力を説く。若し広く説かば、劫を窮むとも尽きず。是の時、大迦葉、菩薩の不可思議解脱の法門を説くを聞きて、未曾有なりと歎じ、舎利弗に謂う、「譬えば人有りて盲者の前に於いて衆の色像を現ずるも、彼の見る所に非ざるが如し。一切の声聞、是の不可思議解脱の法門を聞きて、解了すること能わざること、此の若きが如し。智者、是れを聞かば、其れ誰か阿耨多羅三藐三菩提心を発さざらん。我ら何為れぞ永く其の根を絶つ。此の大乗に於いて、已に敗種の如し。一切の声聞、是の不可思議解脱の法門を聞かば、皆な応に号泣して声は三千大千世界を震わすべし。一切の菩薩は、応に大いに欣慶して此の法を頂受すべし。若し菩薩の不可思議解脱の法門を信解する者有らば、一切の魔衆も之を如何ともする無し」と。大迦葉、是の語を説く時、三万二千の天子、皆な阿耨多羅三藐三菩提心を発しき。
現代語訳
また舎利弗よ、十方の衆生が諸仏に供養する品々を、菩薩はひとつの毛穴の中にすべて見せることができます。また十方の国土にあるすべての日・月・星々を、ひとつの毛穴の中にあまねく見せることができます。 また舎利弗よ、十方世界にあるあらゆる風を、菩薩はすべて吸い込んで口の中に収めることができ、身体は傷つかず、外の樹木も折れることがありません。また、十方世界が劫の終わりに焼き尽くされるとき、すべての火を腹の中に収め、火は元のままで害をなしません。また、下の方のガンジス河の砂の数ほどの仏の世界を過ぎて、一つの仏国土を取り、上の方へ持ち上げ、ガンジス河の砂の数ほどの無数の世界を越えさせても、針の先でひとつの棗の葉を持ち上げるようなもので、何の妨げもありません。 また舎利弗よ、不可思議解脱にとどまる菩薩は、神通によって仏の身を現すことができます。あるいは辟支仏の身を現し、あるいは声聞の身を現し、あるいは帝釈天の身を現し、あるいは梵天の身を現し、あるいは世の主の身を現し、あるいは転輪王の身を現します。また、十方世界のあらゆる声、高い音、中の音、低い音を、すべて仏の声に変えて、無常・苦・空・無我の音や、十方の諸仏が説かれたさまざまな法を響かせ、すべての人々がその中で聞けるようにします。 舎利弗よ、私はいま、菩薩の不可思議解脱の力をあらましだけ説きました。もし詳しく説くなら、劫の長さをかけても尽きません。そのとき大迦葉は、菩薩の不可思議解脱の法門が説かれるのを聞いて、これまでにないことだと感嘆し、舎利弗に言いました。「たとえば、盲目の人の前に、さまざまな色や形を示しても、その人には見えないようなものです。すべての声聞が、この不可思議解脱の法門を聞いて理解できないのは、まさにこのようなものです。智慧ある人がこれを聞けば、誰が阿耨多羅三藐三菩提を求める心を起こさないでしょうか。私たちはどうして、永久にその根を絶ってしまったのか。この大乗において、すでに腐った種のようです。すべての声聞は、この不可思議解脱の法門を聞いたら、みな声をあげて泣き、その声は三千大千世界を震わせるべきです。すべての菩薩は、大いに喜んで、この法を頭の上に受けるべきです。もし菩薩の不可思議解脱の法門を信じ理解する者がいれば、あらゆる魔の群れも、その人をどうすることもできません。」大迦葉がこの言葉を説いたとき、三万二千人の天子が、みな阿耨多羅三藐三菩提を求める心を起こしました。
解説

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