維摩経 / 弟子品第三(9)
佛告羅睺羅。汝行詣維摩詰問疾。羅睺羅白佛言。世尊。我不堪任詣彼問疾。所以者何。憶念昔時毘耶離諸長者子。來詣我所稽首作禮問我言。唯羅睺羅。汝佛之子。捨轉輪王位出家為道。其出家者有何等利。我即如法為說出家功德之利。時維摩詰來謂我言。唯羅睺羅。不應說出家功德之利。所以者何。無利無功德是為出家。有為法者可說有利有功德。夫出家者為無為法。無為法中無利無功德。羅睺羅。出家者無彼無此亦無中間。離六十二見處於涅槃。智者所受聖所行處。降伏眾魔度五道。淨五眼得五力立五根。不惱於彼。離眾雜惡摧諸外道。超越假名出淤泥。無繫著無我所。無所受無擾亂。內懷喜護彼意。隨禪定離眾過。若能如是是真出家。於是維摩詰語諸長者子。汝等於正法中宜共出家。所以者何。佛世難值。諸長者子言。居士。我聞佛言。父母不聽不得出家。維摩詰言。然汝等便發阿耨多羅三藐三菩提心是即出家。是即具足。爾時三十二長者子。皆發阿耨多羅三藐三菩提心。故我不任詣彼問疾。
新字:仏告羅睺羅。汝行詣維摩詰問疾。羅睺羅白仏言。世尊。我不堪任詣彼問疾。所以者何。憶念昔時毘耶離諸長者子。来詣我所稽首作礼問我言。唯羅睺羅。汝仏之子。捨転輪王位出家為道。其出家者有何等利。我即如法為説出家功徳之利。時維摩詰来謂我言。唯羅睺羅。不応説出家功徳之利。所以者何。無利無功徳是為出家。有為法者可説有利有功徳。夫出家者為無為法。無為法中無利無功徳。羅睺羅。出家者無彼無此亦無中間。離六十二見処於涅槃。智者所受聖所行処。降伏衆魔度五道。浄五眼得五力立五根。不悩於彼。離衆雑悪摧諸外道。超越仮名出淤泥。無繋著無我所。無所受無擾乱。内懐喜護彼意。随禅定離衆過。若能如是是真出家。於是維摩詰語諸長者子。汝等於正法中宜共出家。所以者何。仏世難値。諸長者子言。居士。我聞仏言。父母不聴不得出家。維摩詰言。然汝等便発阿耨多羅三藐三菩提心是即出家。是即具足。爾時三十二長者子。皆発阿耨多羅三藐三菩提心。故我不任詣彼問疾。
書き下し
仏、羅睺羅に告げたまわく、「汝、行きて維摩詰に詣りて疾を問え」と。羅睺羅、仏に白して言さく、「世尊、我は彼に詣りて疾を問うに堪任せず。所以は何ん。憶念するに昔時、毘耶離の諸の長者の子、来たりて我が所に詣り、稽首作礼して我に問いて言わく、『唯、羅睺羅よ、汝は仏の子にして、転輪王の位を捨てて出家して道を為す。其の出家なる者、何等の利有りや』と。我即ち法の如く、為に出家の功徳の利を説く。時に維摩詰来たりて我に謂いて言わく、『唯、羅睺羅よ、応に出家の功徳の利を説くべからず。所以は何ん。利無く功徳無き、是れを出家と為す。有為の法は、利有り功徳有りと説くべし。夫れ出家とは無為の法の為なり。無為の法の中には利無く功徳無し。羅睺羅よ、出家とは、彼無く此れ無く、亦中間無し。六十二見を離れて涅槃に処る。智者の受くる所、聖の行ずる処なり。衆魔を降伏して五道を度り、五眼を浄め、五力を得、五根を立つ。彼を悩まさず。衆の雑悪を離れ、諸の外道を摧き、仮名を超越して淤泥を出で、繋著無く我所無く、所受無く擾乱無し。内に喜びを懐きて彼の意を護り、禅定に随いて衆の過ちを離る。若し能く是の如くならば、是れ真の出家なり』と。是に於いて維摩詰、諸の長者の子に語る、『汝ら、正法の中に於いて宜しく共に出家すべし。所以は何ん。仏世は値い難し』と。諸の長者の子言わく、『居士よ、我れ仏の言うを聞く、父母聴さざれば出家することを得ず、と』。維摩詰言わく、『然り。汝ら便ち阿耨多羅三藐三菩提心を発せ。是れ即ち出家なり、是れ即ち具足なり』と。爾の時、三十二の長者の子、皆阿耨多羅三藐三菩提心を発しき。故に我は彼に詣りて疾を問うに任せず」と。
現代語訳
仏は羅睺羅に告げられました。「あなたが維摩詰のところへ行って、病気を見舞いなさい。」羅睺羅は仏に申し上げました。「世尊、私は彼のもとへ見舞いに行くことに堪えません。なぜなら、昔のことを思い出すからです。毘耶離の長者の子たちが私のところへ来て、頭を下げて礼をし、こう尋ねました。『羅睺羅さん、あなたは仏の子で、転輪王の位を捨てて出家し、道を行じています。その出家には、どのような利益があるのですか。』私は教えのとおりに、出家の功徳と利益を説きました。そのとき維摩詰が来て、私にこう言いました。『羅睺羅よ、出家の功徳の利益を説いてはなりません。なぜなら、利益もなく功徳もないこと、それが出家だからです。有為の法については、利益がある、功徳があると説いてよいでしょう。しかし出家とは無為の法のためのものです。無為の法には利益も功徳もありません。羅睺羅よ、出家とは、あちらもなくこちらもなく、その中間もありません。六十二の誤った見解を離れて涅槃にとどまります。智者が受け入れ、聖者が行うところです。多くの魔を降し、五道を越え、五眼を清め、五力を得て、五根を立てます。他者を悩ませません。さまざまな悪を離れ、外道を打ち砕き、仮の名を超えて泥の中から抜け出し、執着もなく我がものという思いもなく、受け取るものもなく心の乱れもありません。内に喜びを抱いて他者の心を守り、禅定に従って過ちを離れます。もしこのようにできるなら、それが真の出家です。』そこで維摩詰は長者の子たちに言いました。『あなたがたは正しい教えのなかで、ぜひ共に出家しなさい。仏の世に会うことは難しいのですから。』長者の子たちは言いました。『居士よ、私は仏が、父母が許さなければ出家してはならない、と言われたのを聞いています。』維摩詰は言いました。『そのとおりです。ならば、あなたがたは今すぐ阿耨多羅三藐三菩提を求める心を起こしなさい。それがそのまま出家であり、それがそのまま具足(戒)を満たすことです。』そのとき三十二人の長者の子は、みな阿耨多羅三藐三菩提を求める心を起こしました。こうした次第で、私は彼のもとへ見舞いに行くことに堪えません。」
解説

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