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養生訓 / 巻第八・灸治

一方術の書に禁灸の日多し。其日其の穴を忌むと云ふ道理、分明ならず。內經に、鍼灸の事を多くいへども、禁鍼禁灸の日をあらはさず、鍼灸聚英に、人神尻神の說、後世術家の言なり。素問難經にいはざる所、何ぞ信ずるに足らんやといへり。又曰、諸の禁忌、たゞ四季の忌む所、素問に合ふに似たり。春は左の脇、夏は右の脇、秋は臍、冬は腰是なり。聚英に所言かくの如し。まことに禁忌の日多き事信じがたし。今の人、只血忌日と、男子は除の日、女子は破の日を忌む。是亦いまだ信ずべからずといへどしばらく舊說と時俗にしたがふのみ。凡術者の言、逐一に信じがたし。

新字:一方術の書に禁灸の日多し。其日其の穴を忌むと云ふ道理、分明ならず。内経に、鍼灸の事を多くいへども、禁鍼禁灸の日をあらはさず、鍼灸聚英に、人神尻神の説、後世術家の言なり。素問難経にいはざる所、何ぞ信ずるに足らんやといへり。又曰、諸の禁忌、たゞ四季の忌む所、素問に合ふに似たり。春は左の脇、夏は右の脇、秋は臍、冬は腰是なり。聚英に所言かくの如し。まことに禁忌の日多き事信じがたし。今の人、只血忌日と、男子は除の日、女子は破の日を忌む。是亦いまだ信ずべからずといへどしばらく旧説と時俗にしたがふのみ。凡術者の言、逐一に信じがたし。

書き下し

一方術の書に禁灸の日多し。其日其の穴を忌むと云ふ道理、分明ならず。内経に、鍼灸の事を多くいへども、禁鍼禁灸の日をあらはさず、鍼灸聚英に、人神尻神の説、後世術家の言なり。素問難経にいはざる所、何ぞ信ずるに足らんやといへり。又曰、諸の禁忌、ただ四季の忌む所、素問に合ふに似たり。春は左の脇、夏は右の脇、秋は臍、冬は腰是なり。聚英に所言かくの如し。まことに禁忌の日多き事信じがたし。今の人、只血忌日と、男子は除の日、女子は破の日を忌む。是亦いまだ信ずべからずといへどしばらく旧説と時俗にしたがふのみ。凡術者の言、逐一に信じがたし。

現代語訳

方術の書に、灸を禁じる日が多くあります。その日にその穴を忌むという道理ははっきりしません。『内経』には鍼灸のことを多く言っていますが、鍼や灸を禁じる日は示していません。『鍼灸聚英』に、「人神や尻神の説は後世の術者の言葉である。『素問』『難経』に言わないところであり、どうして信じるに足りようか」とあります。また、「もろもろの禁忌のうち、ただ四季に忌む所だけは『素問』に合うようである。春は左の脇、夏は右の脇、秋は臍、冬は腰がこれである」とあります。『聚英』の言うところはこのとおりです。まことに禁忌の日の多いことは信じがたいものです。今の人は、ただ血忌日と、男子は除の日、女子は破の日を忌みます。これもまだ信ずべきではないけれども、しばらく古い説と時の習俗に従うだけです。およそ術者の言うことは、一つ一つは信じがたいものです。

解説

灸を禁じる日の説について、その根拠を古典に照らして吟味した単位です。『黄帝内経』には禁灸の日がなく、明の『鍼灸聚英』も後世の術者の説として退けていると示し、禁忌の日が多いのは信じがたいと述べています。それでも今の習俗に従うのは、しばらく旧説と世の慣わしに合わせるだけだと、信じてはいないが無用な摩擦も避けるという現実的な態度をとっています。根拠を確かめて迷信を見分けつつ、周りとの折り合いもつけるという姿勢は、今にも通じる知恵です。

この章句が説くこと

迷信根拠灸習俗合理

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