養生訓 / 巻第七・用薬
一酒を煎湯に加ふるには、藥を煎じて後、あげんとする時加ふべし。早く加ふるはあしし。一腎は、水を主る。五藏六府の精をうけてをさむ。故に五藏盛なれば腎水盛なり。腎の藏ひとつに精あるに非ず。然れば、腎を補はんとて專腎藥を用ふべからず。腎は下部にありて、五藏六府の根とす。腎氣虛すれば、一身の根本衰ふ。故に、養生の道は腎氣をよく保つべし。腎氣亡びては、生命を保ちがたし。精氣を惜まずして、藥治と食治とを以て、腎を補はんとするは末なり。效なかるべし。
新字:一酒を煎湯に加ふるには、薬を煎じて後、あげんとする時加ふべし。早く加ふるはあしし。一腎は、水を主る。五蔵六府の精をうけてをさむ。故に五蔵盛なれば腎水盛なり。腎の蔵ひとつに精あるに非ず。然れば、腎を補はんとて専腎薬を用ふべからず。腎は下部にありて、五蔵六府の根とす。腎気虚すれば、一身の根本衰ふ。故に、養生の道は腎気をよく保つべし。腎気亡びては、生命を保ちがたし。精気を惜まずして、薬治と食治とを以て、腎を補はんとするは末なり。効なかるべし。
書き下し
一酒を煎湯に加ふるには、薬を煎じて後、あげんとする時加ふべし。早く加ふるはあしし。一腎は、水を主る。五蔵六府の精をうけてをさむ。故に五蔵盛なれば腎水盛なり。腎の蔵ひとつに精あるに非ず。然れば、腎を補はんとて専腎薬を用ふべからず。腎は下部にありて、五蔵六府の根とす。腎気虚すれば、一身の根本衰ふ。故に、養生の道は腎気をよく保つべし。腎気亡びては、生命を保ちがたし。精気を惜まずして、薬治と食治とを以て、腎を補はんとするは末なり。効なかるべし。
現代語訳
酒を煎じ湯に加えるときは、薬を煎じた後、上げようとするときに加えるべきです。早く加えるのはよくありません。腎は水をつかさどり、五臓六腑の精を受けておさめます。ですから五臓が盛んであれば腎水も盛んです。腎の臓一つだけに精があるのではありません。そうであれば、腎を補おうとして、もっぱら腎の薬を用いてはいけません。腎は下部にあって、五臓六腑の根とします。腎の気が虚すれば、全身の根本が衰えます。ですから養生の道は、腎の気をよく保つべきです。腎の気が滅びれば、生命を保つことはできません。精気を惜しまずに、薬による治療と食による治療とで腎を補おうとするのは末のことです。効き目はないでしょう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『養生訓』巻第七・用薬一補湯は、煎湯熱き時、少しづつ飲めばつかへず。少しづつ飲みて、ゆるやかに験を得べし。一時に多く服すべからず。補湯を服する間、殊に酒食を過さず、一切の停滞する物くらふべからず。酒食滞塞し、或は薬を服し過し、薬力めぐらざれば、気をふさぎ、腹中滞り、食を妨けて病をます。しるしなくして害あり。故に補薬を用ふる事、其節制むづかし。良医は、用ひやう能くして、なづまず。庸医は、用ひやうあしくして、滞る。古人は、補薬を用ふる其間に、邪を去る薬を兼ね用ふ。邪気去れば、補薬にちからあり。補に専一なれば、なづみて益なく、かへつて害あり。是、古人の説なり。
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『養生訓』巻第四・慎色慾一素問に、腎者五蔵の本といへり、然らば養生の道腎を養ふ事を重ずべし。腎を養ふ事薬補をたのむべからず。只精気を保ちてへらさず、腎気ををさめて動すべからず。論語に曰、若き時は血気方に壮なり、戒之在色。聖人の戒守るべし。血気さかんなるにまかせ色慾をほしいままにすれば、必ず先礼法をそむき、法外を行ひ、恥辱を取つて、面目をうしなふ事あり。時過ぎて後悔すれどもかひなし。かねて後悔なからん事を思ひ、礼法をかたく慎むべし。況や精気をつひやし、元気をへらすは寿命をみじかくする本なり、おそるべし。年若き時より男女の欲ふかくして、精気を多くへらしたる人は、生れつきさかんなれども、下部の元気すくなくなり、五蔵の根本よわくして、必ず短命なり。つつしむべし。飲食男女は人の大欲なり。恣になりやすき故、此の二事尤かたく慎むべし。是をつつしまざれば脾胃の真気へりて、薬補食補のしるしなし。老人は殊に脾胃の真気を保養すべし、補薬のちからをたのむべからず。
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『養生訓』巻第七・用薬一補薬は、滞塞しやすし。滞塞すれば害あり、益なし、利薬を服するより、心を用ふべし。もし、大剤にして気塞がらば、小剤にすべし。或は、棗を去り、生姜を增すべし。補中益気湯などの、つかへて用ひがたきには、乾姜肉桂を加ふべき由、薛立斎が医案にいへり。又、症により、附子肉桂を少し加へ、升麻柴胡を用ふるに、二薬ともに火を忌めども、酒にて炒り用ふ。これ正伝或問の説なり。又升麻柴胡を去りて、桂姜を加ふる事あり。李時珍も、補薬に少し附子を加ふれば、其功鋭なりといへり。虚人の熱なき症に、薬力をめぐらさん為ならば、一服に五厘か一匁加ふべし。然れども、病症によるべし。壮人には忌むべし。
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『養生訓』巻第七・用薬大熱ありて渇する病には、其の宜に随ひて、多く用ふべし。補薬を煎ずるには、一盞に水を入るる事、盞の重さを除き、水の重さ五十匁より、五十五匁に至る。是亦、一般の大小に随ひて、水を增減すべし。虚人の薬小服なるには、水五十匁入る盞を用ふべし。壮人の薬、大服なるには、水五十五匁入る盞を用ふべし。一服に水二盞入れて、けし炭を用ひ、文火にてゆるやかに煎じつめて、一盞とし、滓には水一盞入れて、半盞にせんじ、前後合はせて一盞半となるを、少しづつ痞へざるやうに、空腹に三四度に熱服す。補湯は、一日に一服、若しつかへやすき人は、人により、朝夕は飲みがたし。昼夜二度のむ。短日は、二度はつかへて服しがたき人あり。病人によるべし。つかへざる人には、朝夕昼間一日一服、猶其の上も服すべし。食滞あらば、補湯飲むべからず、食滞めぐりて後飲むべし。
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『養生訓』巻第七・用薬一又曰、薬を煎ずるに砂罐を用ふべし。やきものなべなり。又曰人をえらぶべし。いふ意は、心謹信なる人に煎じさせてよしとなり。粗率なる者に任すべからず。一薬を服するに、五蔵四肢に達するには湯を用ふ。胃中にとどめんとせば散を用ふ。下部の病には丸に宜し。急速の病ならば湯を用ふ。緩々なるには散を用ふ。甚緩き症には丸薬に宜し。食傷腹痛などの急病には、煎湯を用ふ。散薬も可なり、丸薬はにぶし。もし用ひば、細に噛くだきて用ふべし。
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『養生訓』巻第七・用薬一身体短小にして、腸胃小なる人、虚弱なる人は、薬を服するに、小服に宜し。されど一匁より少かるべからず。身体長大にて、腸胃ひろき人、つよき人は、薬大服に宜し。一小児の薬に、水をはかる盞は、一服の大小によりて、是も水五十匁より、五十五匁入るほどなる盞を用ふ。是亦、盞の重さを除きて、水の重さなり。利湯は、一服に水一盞入れ、七分に煎じ、二三度に用ふ。滓は、捨つべし。補湯には、水一盞半を用ひて、七分に煎じ、度々に熱服す。是亦滓は捨つべし。或は、滓にも水一盞入れ、半盞に煎じつめて用ふべし。
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