養生訓 / 巻第七・用薬
一脾胃を養ふには、只穀肉を食するに相宜し。藥は、皆氣の偏なり。參耆朮甘は、上藥にて毒なしといへども、病に應ぜざれば、胃の氣を滯らしめ、かへつて、病を生じ食を妨けて、毒となる。いはんや、攻擊のあらくつよき藥は、病に應ぜざれば、大に元氣をへらす。此故に、病なき時は、只穀肉を以てやしなふべし。穀肉の、脾胃をやしなふによろしき事、參耆の補にまされり。故に、古人の言に、藥補は食補にしかずといへり。老人は、殊に食補すべし。藥補は、やむ事を得ざる時用ふべし。
新字:一脾胃を養ふには、只穀肉を食するに相宜し。薬は、皆気の偏なり。参耆朮甘は、上薬にて毒なしといへども、病に応ぜざれば、胃の気を滞らしめ、かへつて、病を生じ食を妨けて、毒となる。いはんや、攻撃のあらくつよき薬は、病に応ぜざれば、大に元気をへらす。此故に、病なき時は、只穀肉を以てやしなふべし。穀肉の、脾胃をやしなふによろしき事、参耆の補にまされり。故に、古人の言に、薬補は食補にしかずといへり。老人は、殊に食補すべし。薬補は、やむ事を得ざる時用ふべし。
書き下し
一脾胃を養ふには、只穀肉を食するに相宜し。薬は、皆気の偏なり。参耆朮甘は、上薬にて毒なしといへども、病に応ぜざれば、胃の気を滞らしめ、かへつて、病を生じ食を妨けて、毒となる。いはんや、攻撃のあらくつよき薬は、病に応ぜざれば、大に元気をへらす。此故に、病なき時は、只穀肉を以てやしなふべし。穀肉の、脾胃をやしなふによろしき事、参耆の補にまされり。故に、古人の言に、薬補は食補にしかずといへり。老人は、殊に食補すべし。薬補は、やむ事を得ざる時用ふべし。
現代語訳
脾胃を養うには、ただ穀物や肉を食べるのがふさわしいのです。薬はみな気の偏りです。人参・黄耆・白朮・甘草は、上薬で毒がないといっても、病に応じなければ胃の気をとどこおらせ、かえって病を生じ食欲を妨げて毒となります。まして攻撃の荒く強い薬は、病に応じなければ大いに元気を減らします。ですから、病のないときは、ただ穀物や肉で養うべきです。穀物や肉が脾胃を養うのによいことは、人参や黄耆で補うのにまさっています。ですから古人の言葉に、「薬で補うのは食べ物で補うのに及ばない」とあります。老人はとくに食べ物で補うべきです。薬で補うのは、やむを得ないときに用いるべきです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『養生訓』巻第八・養老一衰老の人、あらき物多くくらふべからず。精しき物を少しくらふべし、と元の許衡いへり。脾胃よわき故なり。老人の食如此あるべし。一老人病あらば、先食治すべし。食治応ぜずして後薬治を用ふべし。是古人の説なり。人参黄耆は上薬なり、虚損の病ある時は用ふべし。病なき時は、穀肉の養の益ある事参耆の補に甚まされり。故に、老人には、つねに味美く性よき食物を少しづつ用ひて補養すべし。病なきに、偏なる薬を用ふべからず、かへつて害あり。
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『養生訓』巻第七・用薬一補薬は、滞塞しやすし。滞塞すれば害あり、益なし、利薬を服するより、心を用ふべし。もし、大剤にして気塞がらば、小剤にすべし。或は、棗を去り、生姜を增すべし。補中益気湯などの、つかへて用ひがたきには、乾姜肉桂を加ふべき由、薛立斎が医案にいへり。又、症により、附子肉桂を少し加へ、升麻柴胡を用ふるに、二薬ともに火を忌めども、酒にて炒り用ふ。これ正伝或問の説なり。又升麻柴胡を去りて、桂姜を加ふる事あり。李時珍も、補薬に少し附子を加ふれば、其功鋭なりといへり。虚人の熱なき症に、薬力をめぐらさん為ならば、一服に五厘か一匁加ふべし。然れども、病症によるべし。壮人には忌むべし。
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『養生訓』巻第三・飲食上一清き物、かうばしき物、もろく和かなる物、味かろき物、性よき物、此五の物をこのんで食ふべし。益ありて損なし。是に反する物食ふべからず。此事もろこしの書にも見えたり。一衰病虚弱の人は、つねに魚鳥の肉を味よくして、少しづつ食ふべし。参芪の補にまされり。性よき生魚を烹炙よくすべし。塩つけて一両日過ぎたる、尤よし。久しければ味よからず、且滞りやすし。生魚の肉、豉につけたるを炙り煮て食ふもよし。夏月は久しくたもたず。
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『養生訓』巻第七・用薬一孫思邈曰く、人故なくんば薬を餌ふべからず。偏に助くれば、蔵気不平にして、病生ず。一劉仲達が鴻書に、疾あつて、もし明医なくば、薬をのまず、只病のいゆるを静にまつべし。身を愛し過し、医の良否をえらばずして、みだりに早く薬を用ふる事なかれ。古人、病あれども治せざるは中医を得ると云ふ。此言至論なり、といへり。庸医の薬は、病に応ずる事は少く、応ぜざる事多し。薬は皆偏性ある物なれば、其病に応ぜざれば必ず毒となる。此故に、一切の病に、みだりに薬を服すべからず。病の災より薬の災多し。薬を用ひずして、養生を慎みてよくせば、薬の害なくして、癒えやすかるべし。一良医の薬を用ふるは、臨機応変とて、病人の寒熱虚実の機にのぞみ、其の時の変に応じて、宜に従ふ、必ず一法に拘らず。
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『養生訓』巻第一・総論上一凡薬と鍼灸を用ふるは、やむ事を得ざる下策なり。飲食色慾を慎み、起臥を時にして、養生をよくすれば病なし。腹中痞満して、食気つかふる人も、朝夕歩行し、身を労動して、久坐久臥を禁ぜば、薬と鍼灸とを用ひずして、痞塞のうれひなかるべし。是上策とす。薬は皆気の偏なり。参芪朮甘の上薬といへども、其の病に応せざれば害あり。況や中下の薬は、元気を損じ、他病を生ず。鍼は瀉ありて補なし。病に応ぜざれば元気をへらす。灸もその病に応ぜざるに、妄に灸すれば、元気をへらし、気を上す。薬と鍼灸と、損益ある事かくのごとし。やむ事を得ざるに非ずんば、鍼灸薬を用ふべからず、只保生の術を頼むべし。
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『養生訓』巻第三・飲食上一諸の食物、皆あたらしき生気ある物をくらふべし。ふるくして臭あしく、色も味もかはりたる物、皆気をふさぎて滞りやすし。くらふべからず。一すける物は、脾胃のこのむ所なれば、補となる。李笠翁も、本性甚すける物は薬にあつべしといへり。尤此理あり。されど、すけるままに多食すれば、必ずやぶられ、好まざる物を少し食ふにおとる。好む物を少し食はば益あるべし。
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