養生訓 / 巻第六・択医
一醫となる者、家にある時は、つねに醫書を見て、其理をあきらめ、病人を見ては、又其病をしるせる方書をかんがへ合せ、精しく心を用ひて、藥方を定むべし。病人を引きうけては、他事に心を用ひずして、只醫書を考へ、思慮を精しくすべし。凡醫は醫道に專一なるべし、他の玩好あるべからず。專一ならざれば、業精しからず。
新字:一医となる者、家にある時は、つねに医書を見て、其理をあきらめ、病人を見ては、又其病をしるせる方書をかんがへ合せ、精しく心を用ひて、薬方を定むべし。病人を引きうけては、他事に心を用ひずして、只医書を考へ、思慮を精しくすべし。凡医は医道に専一なるべし、他の玩好あるべからず。専一ならざれば、業精しからず。
書き下し
一医となる者、家にある時は、つねに医書を見て、其理をあきらめ、病人を見ては、又其病をしるせる方書をかんがへ合せ、精しく心を用ひて、薬方を定むべし。病人を引きうけては、他事に心を用ひずして、只医書を考へ、思慮を精しくすべし。凡医は医道に専一なるべし、他の玩好あるべからず。専一ならざれば、業精しからず。
現代語訳
医者となる者は、家にいるときはいつも医書を見てその道理を明らかにし、病人を診たら、またその病を記した医書を考え合わせ、細かく心を用いて処方を定めるべきです。病人を引き受けたら、ほかのことに心を用いず、ただ医書を考え、思慮を細かくすべきです。およそ医者は医道に一筋であるべきで、ほかの道楽があってはいけません。一筋でなければ、業は精しくなりません。
解説
医者の日常の心構えを述べた条です。家にいるときも医書を読み、患者を診れば医書と照らし合わせて処方を考え、病人を引き受けたら他事に心を向けるなと、学びと実践を往復することを求めています。医道に専一であれ、他の玩好を持つなという言葉は厳しいものですが、人の命を預かる仕事への真剣さの表れです。担当する仕事を引き受けたら集中して最善を尽くし、日ごろから学び続けるという姿勢は、どの専門職にも通じる心得です。
この章句が説くこと
専一医者学び集中職業倫理
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