驢鞍橋 / 卷上
一日或る長老來て曰く、衆僧に經を多く誦せ給ふ事御無用也。誦經する僧も心根は誦ざる僧と替る事なし。師聞て曰く、縱ひ心は替らずとも誦經して亡者を弔ひ、經に替へて飯を喰ふはまだよし。徒に食するは盜み喰ひ也。心こそ替らずとも責めて盜み喰せぬがよき也。
新字:一日或る長老来て曰く、衆僧に経を多く誦せ給ふ事御無用也。誦経する僧も心根は誦ざる僧と替る事なし。師聞て曰く、縦ひ心は替らずとも誦経して亡者を弔ひ、経に替へて飯を喰ふはまだよし。徒に食するは盗み喰ひ也。心こそ替らずとも責めて盗み喰せぬがよき也。
書き下し
一日或る長老来て曰く、衆僧に経を多く誦せ給ふ事御無用也。誦経する僧も心根は誦ざる僧と替る事なし。師聞て曰く、縦ひ心は替らずとも誦経して亡者を弔ひ、経に替へて飯を喰ふはまだよし。徒に食するは盗み喰ひ也。心こそ替らずとも責めて盗み喰せぬがよき也。
現代語訳
ある日、ある長老が来て言った。衆僧に経を多く読ませられるのは無用です。誦経する僧も、心根は誦経しない僧と変わりません。師は聞いて言われた。たとえ心は変わらなくても、誦経して亡者を弔い、経に替えて飯を食うのは、まだよい。むだに食べるのは盗み食いである。心こそ変わらなくても、せめて盗み食いをしないのがよい、と。
解説
心が変わらないならお経をたくさん読ませても無意味だ、という長老に、正三は、たとえ心が変わらなくても、経を読んで死者を弔い、その対価として食べるならまだよい、何もせずに食べるのは盗み食いだ、と答える。心さえあれば形は要らないという理屈への、現実的な反論である。内面が整っていなくても、せめて自分の務めを果たして報酬を得よ。働かずに受け取ることこそ恥だ、という職業倫理の教えである。
この章句が説くこと
職業倫理誦経盗み食い務め報酬形
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