養生訓 / 巻第六・慎病
一中風は外の風にあたりたる病には非ず、内より生ずる風にあたれるなり。肥白にして氣すくなき人、年四十を過ぎて氣衰ふる時、七情のなやみ、酒食のやぶれにょつて、此病生ず。つねに酒を多くのみて、腸胃やぶれ、元氣へり、內熱生ずる故、內より風生じて、手足ふるひしびれ痿えてかなはず、口ゆがみて物いふ事ならず。是皆元氣不足する故なり。故にわかく氣つよき時は此病なし。もし若き人にもまれにあるは、必ず肥滿して氣すくなき人なり。酒多く飮み、内かわき熱して風生ずるは、たとへば七八月に殘暑甚しくて、雨久しく降らざれば、地氣さめずして、大風吹くが如し。此病下戶にはまれなり。もし下戶にあるは、肥滿したる人か、或は氣すくなき人なり。手足なえしびれて不仁なるは、くち木の性なきが如し。氣血不足して、力なくなえしびるるなり。肥白の人、酒を好む人、かねて愼あるべし。
新字:一中風は外の風にあたりたる病には非ず、内より生ずる風にあたれるなり。肥白にして気すくなき人、年四十を過ぎて気衰ふる時、七情のなやみ、酒食のやぶれにょつて、此病生ず。つねに酒を多くのみて、腸胃やぶれ、元気へり、内熱生ずる故、内より風生じて、手足ふるひしびれ痿えてかなはず、口ゆがみて物いふ事ならず。是皆元気不足する故なり。故にわかく気つよき時は此病なし。もし若き人にもまれにあるは、必ず肥満して気すくなき人なり。酒多く飲み、内かわき熱して風生ずるは、たとへば七八月に残暑甚しくて、雨久しく降らざれば、地気さめずして、大風吹くが如し。此病下戸にはまれなり。もし下戸にあるは、肥満したる人か、或は気すくなき人なり。手足なえしびれて不仁なるは、くち木の性なきが如し。気血不足して、力なくなえしびるるなり。肥白の人、酒を好む人、かねて慎あるべし。
書き下し
一中風は外の風にあたりたる病には非ず、内より生ずる風にあたれるなり。肥白にして気すくなき人、年四十を過ぎて気衰ふる時、七情のなやみ、酒食のやぶれにょつて、此病生ず。つねに酒を多くのみて、腸胃やぶれ、元気へり、内熱生ずる故、内より風生じて、手足ふるひしびれ痿えてかなはず、口ゆがみて物いふ事ならず。是皆元気不足する故なり。故にわかく気つよき時は此病なし。もし若き人にもまれにあるは、必ず肥満して気すくなき人なり。酒多く飲み、内かわき熱して風生ずるは、たとへば七八月に残暑甚しくて、雨久しく降らざれば、地気さめずして、大風吹くが如し。此病下戸にはまれなり。もし下戸にあるは、肥満したる人か、或は気すくなき人なり。手足なえしびれて不仁なるは、くち木の性なきが如し。気血不足して、力なくなえしびるるなり。肥白の人、酒を好む人、かねて慎あるべし。
現代語訳
中風は、外の風にあたった病ではなく、内から生じる風にあたったものです。色白で太って気の少ない人が、四十歳を過ぎて気が衰えるとき、七情の悩みや酒食の不摂生によって、この病が生じます。いつも酒を多く飲んで胃腸がこわれ、元気が減り、内に熱が生じるので、内から風が生じて、手足がふるえしびれ萎えて思うようにならず、口がゆがんで物を言うことができなくなります。これはみな元気が不足するためです。ですから若く気の強いときにはこの病はありません。もし若い人にもまれにあるのは、必ず太って気の少ない人です。酒を多く飲んで内が乾き熱して風が生じるのは、たとえば七月・八月に残暑がひどく、雨が長く降らないと、地の気が冷めずに大風が吹くようなものです。この病は酒を飲まない人にはまれです。もし下戸にあるのは、太った人か、あるいは気の少ない人です。手足が萎えしびれて感覚がないのは、朽ち木に生気がないようなものです。気血が不足して、力がなく萎えしびれるのです。色白で太った人、酒を好む人は、前もって慎むべきです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『養生訓』巻第一・総論上一風寒暑湿は外邪なり。是にあたりて病となり、死ぬるは天命なり。聖賢といへども免れがたし。されども、内気実してよくつつしみ防がば、外邪のおかす事も亦まれなるべし。飲食色慾によりて病生ずるは、全く我身より出づる過なり。是天命にあらず、わが身のとがなり。万の事、天より出づるは力に及ばず、わが身に出づる事は力を用ひて為しやすし。風寒暑湿の外邪をふせがざるは怠なり。飲食好色の内慾を忍ばざるは過なり。怠と過とは、皆慎まざるよりおこる。
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『初学訓』巻之五一養生の道も、亦よく謹みて、慾を堪ふるにあり。養生の要は、飲食色慾をこらへて過さず、心を和け気を平らかにし、かなしみ、いかり、うれへ、思ひを過さず、又風寒暑湿の外邪を防ぐべし。飲食色慾は内慾なり。風寒暑湿は外邪なり。つよき人も、内慾を過し、外邪に傷らるれば、病に冒されて、長生を得がたし。又、生れつきよわけれど、よく保養すれば、天年をたもちて長寿なり。わかき時より、早く養生をつとむべし。わかく血気さかんなれば、飲食色慾恣なり。いましむべし。飲食色慾を恣にすれば、元気つきて短命なり。中年以後は、色慾より、飲食の慾尤こらへ難し。内慾にやぶられて元気減れば、外邪も侵しやすく、病起りやすし。人の天年を保たずして、早く死ぬるは、多くは、飲食色慾の二に傷らるればなり。
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『養生訓』巻第六・慎病或は疫病をうれふ。おそるべし。文禄の朝鮮軍に、戦死の人はすくなく、疫死多かりしは、陣屋ひきくまばらにて、士卒寒湿にあたりし故なりとぞ。居処も寝室も、高くかわける所よし。是皆外湿をふせぐなり。一たび湿にあたればいえがたし。おそるべし。又酒茶湯水を多く飲まず、瓜菓冷麺を多く食はざるは、是皆内湿をふせぐなり。夏月冷水を多く飲み、冷麺をしばしば食すれば、必ず内湿にやぶられ、痰瘧泄痢をうれふ。慎むべし。一傷寒を大病と云ふ。諸病の内尤おもし。わかくさかんなる人も、傷寒疫癘をわづらひ、死ぬる人多し。おそるべし。かねて風寒暑湿をよくふせぐべし。初発のかろき時早くつつしむべし。
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『養生訓』巻第一・総論上一養生の術は、先わが身をそこなふ物を去るべし。身をそこなふ物は、内慾と外邪となり。内慾とは、飲食の慾、好色の慾、睡の慾、言語をほしいままにするの慾と、喜怒憂思悲恐驚の七情の慾を云ふ。外邪とは天の四気なり、風寒暑湿を云ふ。内慾をこらへて少くし、外邪をおそれてふせぐ。是を以て元気をそこなはず、病なくして天年を永くたもつべし。
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『養生訓』巻第三・飲食上一およそ人の食後に俄にわづらひて死ぬるは、多くは飲食の過ぎて飽満し、気をふさげばなり。初まづ生薑に塩を少し加へて煎じ、多く飲ましめて、多く吐かしむべし。其後食滞を消し、気をめぐらす薬を与ふべし。卒中風として、蘇合円、延齢丹など与ふべからず、あしし。又少しにても、食物を早く与ふべからず。殊にねばき米湯など与ふべからず。気、弥塞りて死す。一両日は食をあたへずしてよし。此病は食傷なり。世人多くはあやまつて卒中風とす。其治応ぜず。
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『養生訓』巻第六・慎病一千金方に曰く、冬温なる事を極めず、夏涼しき事をきはめず。凡一時快き事は、必ず後の災となる。一病生じては、心のうれひ、身の苦甚し。其上、医をまねき、薬を飲み、炙をし、針をさし、酒をたち、食をへらし、さまざまに心をなやまし、身をせめて、病を治せんとせんよりは、初に内欲をこらへ、外邪をふせげば、病おこらず、薬を服せず、針灸せずして、身のなやみ心の苦なし。初しばしの間つつしみ忍ぶは、少しの心づかひなれど、後の患なきは、大なるしるしなり。後に薬と針灸を用ひ、酒食をこらへつつしむは、其苦甚しけれど益すくなし。古語に、終をつつしむ事は、始に於てせよといへり。万の事、始によくつつしめば、後に悔なし。養生の道、ことさらかくのごとし。一飲食色慾の内欲をほしいままにせずして、かたく慎み、風寒暑湿の外邪をおそれ防がば、病なくして、薬を用ひずとも患なかるべし。もし慾をほしいままにして慎まず、只脾腎を補ふ薬治と食治とを頼まば、必ずしるしなかるべし。
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