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養生訓 / 巻第三・飲食上

一食する時五思あり。一には、此食の來る所を思ひやるべし。幼くしては父の養をうけ、年長じては君恩によれり。是を思ひて忘るべからず。或は君父ならずして、兄弟親族他人の養をうくる事あり。是亦其食の來る所を思ひて、其めぐみ忘るべからず。農工商の我力にはむ者も、其國恩を思ふべし。二には、此食もと農夫勤勞して作り出せし苦みを思ひやるべし。わするべからず。みづから耕さず、安樂にて居ながら、其養をうくる、其樂を樂むべし。三には、我才德行義なく、君を助け民を治むる功なくして、此美味の養をうくる事幸甚し。四には、世に我より貧しき人多し。糟糠の食にも飽く事なし。或はうゑて死する者あり。われは嘉穀をあくまで食ひ、飢餓の憂なし。

新字:一食する時五思あり。一には、此食の来る所を思ひやるべし。幼くしては父の養をうけ、年長じては君恩によれり。是を思ひて忘るべからず。或は君父ならずして、兄弟親族他人の養をうくる事あり。是亦其食の来る所を思ひて、其めぐみ忘るべからず。農工商の我力にはむ者も、其国恩を思ふべし。二には、此食もと農夫勤労して作り出せし苦みを思ひやるべし。わするべからず。みづから耕さず、安楽にて居ながら、其養をうくる、其楽を楽むべし。三には、我才徳行義なく、君を助け民を治むる功なくして、此美味の養をうくる事幸甚し。四には、世に我より貧しき人多し。糟糠の食にも飽く事なし。或はうゑて死する者あり。われは嘉穀をあくまで食ひ、飢餓の憂なし。

書き下し

一食する時五思あり。一には、此食の来る所を思ひやるべし。幼くしては父の養をうけ、年長じては君恩によれり。是を思ひて忘るべからず。或は君父ならずして、兄弟親族他人の養をうくる事あり。是亦其食の来る所を思ひて、其めぐみ忘るべからず。農工商の我力にはむ者も、其国恩を思ふべし。二には、此食もと農夫勤労して作り出せし苦みを思ひやるべし。わするべからず。みづから耕さず、安楽にて居ながら、其養をうくる、其楽を楽むべし。三には、我才徳行義なく、君を助け民を治むる功なくして、此美味の養をうくる事幸甚し。四には、世に我より貧しき人多し。糟糠の食にも飽く事なし。或はうゑて死する者あり。われは嘉穀をあくまで食ひ、飢餓の憂なし。

現代語訳

食事をする時には五つの思いがあります。一つには、この食べ物がどこから来たかを思いやりなさい。幼い時は父の養いを受け、成長しては主君の恩によっています。これを思って忘れてはいけません。あるいは主君や父ではなく、兄弟・親族・他人の養いを受けることもあります。これもまたその食べ物の来たところを思って、その恵みを忘れてはいけません。農・工・商で自分の力で食べている者も、その国の恩を思いなさい。二つには、この食べ物はもともと農夫が苦労して作り出したものであり、その苦しみを思いやりなさい。忘れてはいけません。自ら耕さず、安楽に居ながらその養いを受けているのですから、その楽しみをありがたく楽しみなさい。三つには、自分には才能も徳も行いの正しさもなく、主君を助け民を治める功もないのに、この美味の養いを受けていることは、まことに幸いです。四つには、世には自分より貧しい人が多いのです。ぬかやかすのような粗末な食事にさえ満ち足りることがありません。あるいは飢えて死ぬ者もいます。自分はよい穀物を飽きるまで食べ、飢えの心配がありません。

解説

食事のたびに思い起こすべき「五思」を挙げた条の前半です。食べ物をもたらしてくれた親や主君、国の恩、作ってくれた農夫の苦労、功もないのに養われている幸い、そして飢える人々との比較と、感謝の対象を一つずつ具体的に示しています。養生訓は体の健康の書ですが、益軒は食事を心の修養の場ともとらえていました。「いただきます」に込められた感謝の心を言葉にしたような内容で、食育の考え方や、食べ物を粗末にしない心を育てるうえでも示唆に富んでいます。

この章句が説くこと

感謝食事恩農五思

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