養生訓 / 巻第一・総論上
如此ならん事を願はば、先古の道をかうがへ、養生の術をまなんで、よくわが身をたもつべし。是人生第一の大事なり。人身は、至りて貴く重くして、天下四海にもかへがたき物にあらずや。然るに、これを養ふ術をしらず、慾を恣にして、身を亡ぼし、命を失ふ事、愚なる至なり。身命と私慾との輕重をよくおもんぱかりて、日々に一日を愼み、私欲の危をおそるゝ事、深き淵に臨むが如く、薄き氷をふむが如くならば、命ながくして、つひに殃なかるべし。豈樂まざるべけんや。命みじかければ、天下四海の富を得ても益なし。財の山を前につんでも用なし。然れば、道にしたがひ、身をたもちて、長命なるほど大なる福なし。故に、壽きは、尙書に、五福の第一とす。是萬福の根本なり。
新字:如此ならん事を願はば、先古の道をかうがへ、養生の術をまなんで、よくわが身をたもつべし。是人生第一の大事なり。人身は、至りて貴く重くして、天下四海にもかへがたき物にあらずや。然るに、これを養ふ術をしらず、慾を恣にして、身を亡ぼし、命を失ふ事、愚なる至なり。身命と私慾との軽重をよくおもんぱかりて、日々に一日を慎み、私欲の危をおそるゝ事、深き淵に臨むが如く、薄き氷をふむが如くならば、命ながくして、つひに殃なかるべし。豈楽まざるべけんや。命みじかければ、天下四海の富を得ても益なし。財の山を前につんでも用なし。然れば、道にしたがひ、身をたもちて、長命なるほど大なる福なし。故に、寿きは、尚書に、五福の第一とす。是万福の根本なり。
書き下し
如此ならん事を願はば、先古の道をかうがへ、養生の術をまなんで、よくわが身をたもつべし。是人生第一の大事なり。人身は、至りて貴く重くして、天下四海にもかへがたき物にあらずや。然るに、これを養ふ術をしらず、慾を恣にして、身を亡ぼし、命を失ふ事、愚なる至なり。身命と私慾との軽重をよくおもんぱかりて、日々に一日を慎み、私欲の危をおそるる事、深き淵に臨むが如く、薄き氷をふむが如くならば、命ながくして、つひに殃なかるべし。豈楽まざるべけんや。命みじかければ、天下四海の富を得ても益なし。財の山を前につんでも用なし。然れば、道にしたがひ、身をたもちて、長命なるほど大なる福なし。故に、寿きは、尚書に、五福の第一とす。是万福の根本なり。
現代語訳
このようにありたいと願うなら、まず昔の聖賢の道を考え、養生の術を学んで、わが身をよく保つべきです。これが人生第一の大事です。人の身はこのうえなく貴く重く、天下四海とも取りかえられないものではないでしょうか。それなのに、これを養う術を知らず、欲をほしいままにして身を滅ぼし命を失うのは、愚かの極みです。身命と私欲の軽重をよく考え、毎日その一日を慎み、私欲の危うさを恐れること、深い淵に臨むように、薄い氷を踏むようにしていれば、命は長く、ついに災いはないでしょう。楽しまずにいられましょうか。命が短ければ、天下四海の富を得ても益はありません。財宝を山と積んでも用はありません。ですから、道に従い身を保って長命であることほど大きな福はないのです。それゆえ長寿は『尚書』で五福の第一とされています。これはあらゆる福の根本です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『養生訓』巻第一・総論上人の身はいたりて貴く、是をやしなひてたもつは、至りて大なる術なるを、師なく教なく、学ばず習はず、これを養ふ術を知らで、わが心の慾にまかせば、豈其道を得て、生れつきたる天年をよくたもたんや。故に生を養ひ命をたもたんと思はば、其術を習はずんばあるべからず。夫養生の術そくばくの大道にして小芸にあらず。心にかけて其術をつとめまなばずんば、其道を得べからず。其術を知れる人ありて習ひ得ば、千金にも替へがたし。天地父母よりうけたるおもき身をもちて、これをたもつ道を知らで、みだりに身をもちて、大病をうけ、身を失ひ、世をみじかくする事、いたりて愚なるかな。天地父母に対し大不孝と云ふべし。其上病なく命ながくしてこそ、人となれる楽多かるべけれ。
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『養生訓』巻第一・総論上一人の身をたもつには、養生の道をたのむべし、針灸と薬力とをたのむべからず。人の身には口腹耳目の欲ありて、身をせむるもの多し。古人のをしへに、養生のいたれる法あり。孟子にいはゆる寡慾これなり。宋の王昭素も、身を養ふ事は慾を寡くするにしくはなしと云へり。省心録にも、多慾則傷生といへり。およそ人のやまひは皆わが身の慾をほしいままにして、つつしまざるよりおこる、養生の士は、つねにこれを戒とすべし。
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『養生訓』巻第一・総論上一養生の道なければ、生れつき強く、若くさかんなる人も、天年をたもたずして早世する人多し。是天のなせる禍にあらず、みづからなせる禍なり。天年とはいひがたし。つよき人は強きをたのみて慎まざる故に、よわき人より却つて早く死す。又体気よわく飲食すくなく、常に病多くして短命ならんと思ふ人、かへつて長生する人多し。是よわきをおそれて慎むによれり。この故に、命の長短は身の強弱によらず、慎と不慎とによれり。白楽天が語に、福と禍とは、慎むと慎まざるにありといへるが如し。一世に富貴財禄をむさぼりて、人にへつらひ、仏神にいのり求むる人多し。されども其しるしなし。無病長生を求めて、養生をつつしみ、身をたもたんとする人は稀なり。富貴財禄は外にあり、求めても天命なければ得がたし。無病長生は我にあり、もとむれば得やすし。得がたき事を求めて、得やすき事を求めざるはなんぞや、愚なるかな。たとひ財禄を求め得ても、多病にして短命なれば用なし。
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『養生訓』巻第一・総論上病多く命みじかくしては、大富貴をきはめても用なし。貧賤にして命ながきにおとれり。わが郷里の年若き人を見るに、養生の術をしらで、放蕩にして短命なる人多し。又わが里の老人を多く見るに、養生の道なくして多病にくるしみ、元気おとろへて早く老耄す。如此にては、たとひ百年のよはひをたもつとも、楽なくして苦多し、長生も益なし。いけるばかりを思出にすともいひがたし。
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『養生訓』巻第一・総論上一人の身は、父母を本とし、天地を初とす。天地父母の恵をうけて生れ、又養はれたる我が身なれば、わが私の物にあらず。天地のみたまもの、父母の残せる身なれば、慎んでよく養ひて、毀ひ傷らず、天年を長くたもつべし。是天地父母につかへ奉る孝の本なり。身を失ひては、仕ふべきやうなし。わが身の内、少なる皮はだへ髪の毛だに父母にうけたれば、みだりに毀ひ傷るは、不孝なり。況や大なる身命を、わが私の物として慎まず、飲食色慾を恣にし、元気をそこなひ、病を求め、生れつきたる天年を短くして、早く身命を失ふ事、天地父母へ不孝のいたり、愚なるかな。人となりて、此の世に生きては、ひとへに父母天地に孝をつくし、人倫の道を行ひ、義理にしたがひて、なるべき程は寿福をうけ、久しく世にながらへて、喜び楽みをなさん事、誠に人の各願ふ所ならずや。
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『養生訓』巻第二・総論下一長生の術は、食色の慾をすくなくし、心気を和平にし、事に臨んで常に畏慎あれば、物にやぶられず、血気おのづから調ひて、自然に病なし。如此なれば長生す。是長生の術なり。此術を信じ用ひば、此術の貴ぶべき事、あだかも万金を得たるよりも重かるべし。
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