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大和俗訓 / 巻之八・応接

一古語に、和なれば敵なし、忍べば辱なしといへり。言ふこゝろは、溫和にして人とあらそはざれば、かたき出來ず。人の無禮を許して、怒をこらふれば、人の怒もおこらずして、わが身に恥辱なしとなり。しばしの間、怒をこらへずして、人と爭ひたゝかひ、人を殺し、身を失ふ。一朝の怒に其身をわすれて、其親に及ぼして、父母をうれへしむ、不孝の至なり。君父の大事に死ぬべきあたら命を、かゝるよしなき事に捨つるは、至ておろかなり。忠孝の道知らざるのみならず、武勇に心がけざればなり。死ぬることやすく、死して道理にかなふ事はかたし。

新字:一古語に、和なれば敵なし、忍べば辱なしといへり。言ふこゝろは、温和にして人とあらそはざれば、かたき出来ず。人の無礼を許して、怒をこらふれば、人の怒もおこらずして、わが身に恥辱なしとなり。しばしの間、怒をこらへずして、人と争ひたゝかひ、人を殺し、身を失ふ。一朝の怒に其身をわすれて、其親に及ぼして、父母をうれへしむ、不孝の至なり。君父の大事に死ぬべきあたら命を、かゝるよしなき事に捨つるは、至ておろかなり。忠孝の道知らざるのみならず、武勇に心がけざればなり。死ぬることやすく、死して道理にかなふ事はかたし。

書き下し

一古語に、和なれば敵なし、忍べば辱なしといへり。言ふこころは、温和にして人とあらそはざれば、かたき出来ず。人の無礼を許して、怒をこらふれば、人の怒もおこらずして、わが身に恥辱なしとなり。しばしの間、怒をこらへずして、人と争ひたたかひ、人を殺し、身を失ふ。一朝の怒に其身をわすれて、其親に及ぼして、父母をうれへしむ、不孝の至なり。君父の大事に死ぬべきあたら命を、かかるよしなき事に捨つるは、至ておろかなり。忠孝の道知らざるのみならず、武勇に心がけざればなり。死ぬることやすく、死して道理にかなふ事はかたし。

現代語訳

古語に「和すれば敵なし、忍べば辱めなし」とあります。その意味は、温和で人と争わなければ、敵はできない。人の無礼を許して怒りをこらえれば、人の怒りも起こらずに、自分の身に恥辱はない、ということです。しばらくの間、怒りをこらえずに、人と争い戦い、人を殺し、身を失います。一朝の怒りにその身を忘れて、その害を親に及ぼし、父母を憂えさせるのは、不孝の至りです。君父の大事に死ぬべき惜しい命を、このようなつまらないことに捨てるのは、きわめて愚かです。忠孝の道を知らないばかりか、武勇に心がけていないからです。死ぬことはやさしく、死んで道理にかなうことは難しいのです。

解説

一時の怒りで争い、命を失うことの愚かさを説いています。『論語』顔淵篇の「一朝の忿りに其の身を忘れ、以て其の親に及ぼすは、惑いに非ずや」を踏まえ、つまらない喧嘩で命を落とせば親を悲しませる不孝になると言います。喧嘩で命を落とす武士が少なくなかった時代への警告ですが、益軒は、それは本当の武勇ではないと言い切ります。命をかけるべきときと、こらえるべきときを見分けるのが真の勇気です。あおり運転や路上の口論で人生を棒に振る例は今もあります。

この章句が説くこと

堪忍怒り孝勇論語

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