大和俗訓 / 巻之八・応接
一凡愛敬を行ふには、信を本とすべし。信とは、愛敬を行ふに、其心眞實にして僞なきなり。信なければ眞の愛敬にあらず。信は人に交る道なり。信なくては、人と我との心感通せず。いかに言と貌に愛敬をあらはすとも、信なければ、人誠とせずして、愛敬の道行はれず。
新字:一凡愛敬を行ふには、信を本とすべし。信とは、愛敬を行ふに、其心真実にして偽なきなり。信なければ真の愛敬にあらず。信は人に交る道なり。信なくては、人と我との心感通せず。いかに言と貌に愛敬をあらはすとも、信なければ、人誠とせずして、愛敬の道行はれず。
書き下し
一凡愛敬を行ふには、信を本とすべし。信とは、愛敬を行ふに、其心真実にして偽なきなり。信なければ真の愛敬にあらず。信は人に交る道なり。信なくては、人と我との心感通せず。いかに言と貌に愛敬をあらはすとも、信なければ、人誠とせずして、愛敬の道行はれず。
現代語訳
およそ愛敬を行うには、信を本としなさい。信とは、愛敬を行うのに、その心が真実で偽りのないことです。信がなければ、真の愛敬ではありません。信は人と交わる道です。信がなくては、人と自分との心は感じて通じ合いません。どれほど言葉や顔つきに愛敬を表しても、信がなければ、人は誠と思わず、愛敬の道は行われません。
解説
愛や敬意を形に表すとき、その根本には「信」、つまり偽りのない真心がなければならないと説いています。言葉や表情でどれほど好意や敬意を示しても、心がこもっていなければ相手には伝わらず、かえって不信を招くというのです。接客マニュアル通りの笑顔や、口先だけの「ありがとう」が空しく響くのは、この信が欠けているからでしょう。形を整えることは大切ですが、それは真心を伝えるための手段にすぎないという、人付き合いの本質を突いた教えです。
この章句が説くこと
信愛敬誠真心応接
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