初学訓 / 巻之一
一仁義禮智の眞實にして僞なき理を信といふ。信はまことなり。まことなければ、仁義禮智も僞となり、萬の善も、皆あだことなり。仁義禮智の四德に、信をくはへて五常とす。又、五性といふ。性とは、心に生れつきたる理なり。此五性は、萬世まで人にうまれつきて、かはらざる理なれば、五常といふ。百行萬善、皆五常より出づ。五常を以て、萬善をかねたり。人の心とするは、此五にあり。此外に心を求むるは、天地聖人の道にあらず。
新字:一仁義礼智の真実にして偽なき理を信といふ。信はまことなり。まことなければ、仁義礼智も偽となり、万の善も、皆あだことなり。仁義礼智の四徳に、信をくはへて五常とす。又、五性といふ。性とは、心に生れつきたる理なり。此五性は、万世まで人にうまれつきて、かはらざる理なれば、五常といふ。百行万善、皆五常より出づ。五常を以て、万善をかねたり。人の心とするは、此五にあり。此外に心を求むるは、天地聖人の道にあらず。
書き下し
一仁義礼智の真実にして偽なき理を信といふ。信はまことなり。まことなければ、仁義礼智も偽となり、万の善も、皆あだことなり。仁義礼智の四徳に、信をくはへて五常とす。又、五性といふ。性とは、心に生れつきたる理なり。此五性は、万世まで人にうまれつきて、かはらざる理なれば、五常といふ。百行万善、皆五常より出づ。五常を以て、万善をかねたり。人の心とするは、此五にあり。此外に心を求むるは、天地聖人の道にあらず。
現代語訳
仁・義・礼・智が真実で偽りのない理を、信といいます。信とはまことです。まことがなければ、仁義礼智も偽りとなり、あらゆる善も、みなむなしいことになります。仁義礼智の四徳に信を加えて五常とします。また五性ともいいます。性とは、心に生まれついた理です。この五性は、万世まで人に生まれついて変わらない理なので、五常というのです。あらゆる行いや善は、みな五常から出ます。五常によって、あらゆる善を兼ねているのです。人の心とするのは、この五つにあります。このほかに心を求めるのは、天地と聖人の道ではありません。
解説
この章句が説くこと
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『武士道』第七章 至誠信實・武士の一言虚言、遁辞は共に之を賤めて怯懦なりとせり。武士は社会に高位を占むるよりして、従つて誠実を標榜すること、商賈農民の輩に優りて高大なるを要すとしたり。武士の一言とは――独逸語にてアイン・リッテルヴォルト(Ein Ritterwort)と云ふと、其義を一にす――即ち其言語の信実を確証するものにして、武士は一諾を重んじて二言無く、武士の一言は千鈞よりも重し。されば、人と約するに必ずしも文書を要せず、又た敢て或は違ふことあらず。若し夫れ証文を以て約するが如きは、頗る武士の威厳を毀損するものとせり。世には武士たるものが、二言の罪を償ふに、死を以てしたる、多くの悲惨なる物語すら、之を伝ふるにあらずや。誠を標置すること斯の如く高く、而して基督教徒の(概)ね、『爾曹盟ふ勿れ』との教主の簡明なる戒を破り、毫も『スウェア』(誓言)するを憚らざるとは大に異り、真個の武士は誓詞起請を以て名誉を毀損するものなりとして之を賤めたり。
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『五常訓』巻之一・総論一天の道、万古よりこのかた、常に行はれて止まず。春夏秋冬の序、日月のめぐり、寒暑温涼のおしうつる、皆其時たがはず。万物の生ずる、年々に、各其形色をあらためず。桃は紅に、李は白くして、万世までもかはらず。是即天道の誠なり。人の性に仁義礼智の四徳ありて、其中におのづから信あるは、天道の元亨利貞の内に誠あるが如し。天地の運行、人物の性、万世にいたりてかはらず。是即天道の誠なり。
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『五常訓』巻之五・信是皆まことの道にあらず。忠孝にかぎらず、万事皆かくの如し。中庸に、不誠無物といへり。物なしとは、偽りて実なきなり。親につかへ、君につかふるに、誠なくして、右にいへる如くなれば、忠孝にあらず。是物なきなり。万の事、皆誠なければ物なし。凡名と利とを求めてする事は、たとひ天下に聞ゆるほどの善なりとも、其心真実ならざれば私とす。善にあらず。是物なきなり。四徳に誠なければ、仁義礼智にあらず、いつはりなり。是物なきなり。人の、天より生れつきたる性は、唯仁義礼智の四徳なり。此四徳にて、人道行はる。此故に、孟子は、ただ仁義礼智を説きて、信を説き給はず。程子曰く、四端に信を言はざるは、既に誠心有りて四端と為れば、則ち信其の中に在ればなり。これを以て、仁義礼智の外に、信なきことを知るべし。
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『初学訓』巻之一一天道は、元亨利貞の四徳なり。元ははじまるなり、春の徳なり。亨はとほるなり、夏の徳なり。利はとぐるなり、秋の徳なり。貞は正しきなり、冬の徳なり。又春夏秋冬の理なり。此道、古今にかはらず。春はあたたかに、夏はあつく、秋すずしく、冬さむきも、春は草木生じ、夏はしげり、秋はをさまりみのり、冬はひそまりかくるるも、古今年毎に、常にしてかはらず。皆是、天道の誠なり。誠なければ常なし。人の心に信あるは、天道に誠あるが如し。信ありて、仁義礼智の徳、実にして行はる。
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『五常訓』巻之五・信一信は説文に曰く、誠なり、人に从ひ言に从ふ、会意。徐曰く、文に於て人の言を信と為す、言ひて信ならざれば人為るに非ざるなり。信の字、人偏に言の字を書くは、六書においては、会意に属す。偏旁の意を以て作りし字なり。いふ意は、人の言に誠あらざるは、人にあらず。故に人の言は、必信あるべしと云ふ意なり。五常においては、心にまことあるを云ふ。口に偽をいはざるも、其内にあり。仁義礼智の、いつはりなき真実なるを、信と云ふ。信なければ、仁義礼智にあらず。仁義礼智四徳の外に、又信あるにあらず。親によくつかふるは孝なれど、名聞のためにつとめ、又親の寵愛をねがひて務むるは、孝にあらず。君によく仕ふるは忠なれど、君の寵をねがひ、官禄をむさぼりて、奉公をつとむるは、忠にあらず。
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『五常訓』巻之五・信信は、天道にていはば誠なり。真実無妄を誠と云ふ。天道に春夏秋冬の四時あり。其内に土用あり。四時に元亨利貞の四徳あり。四徳の実にして、万世までたがはざるは誠なり。人に仁義礼智ありて、其内に信ある亦かくの如し。元亨利貞、四時のめぐりの序ちがはざるは、即誠なり。天道の、春生じ、夏長じ、秋をさめ、冬かくすこと、年々同じく、日月のめぐり、四時の温熱涼寒、人物のかたちも性も、万古より今に至りてかはらず。桃花は年々紅に、李花は年々白きも、皆是天道の誠たがはざるなり。天道にありては誠と云ひ、人に生れつきては信と云ふ。天にあり、人にある、理は一なり。
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