大和俗訓 / 巻之六・躬行上
一父母我を產めりといへども、其生をうけし初は、天地の氣をとりて生ず。是天地は、生の本なり。其上、むまれて後、いとけなきより身ををはるまで、天地の養をうけ、天地の生ずる物を、食とし、衣とし、家とし、器として、身をやしなふ。天地の性をうけ、五常の德を心にむまれつきて、萬物の靈となり、天地の內にすみて、天地のあつき惠をうく。生をうけし初より、身ををはるまで、天地の恩をうけし事、かくの如し。かゝる大恩あることを悟りて、身ををはるまで天地につかへ奉りて、孝を行ひ、其きはまりなき德に報いんことを思ふべし。是人間の一大事なり。故にたびたびくりかへして言ふなり。
新字:一父母我を産めりといへども、其生をうけし初は、天地の気をとりて生ず。是天地は、生の本なり。其上、むまれて後、いとけなきより身ををはるまで、天地の養をうけ、天地の生ずる物を、食とし、衣とし、家とし、器として、身をやしなふ。天地の性をうけ、五常の徳を心にむまれつきて、万物の霊となり、天地の内にすみて、天地のあつき恵をうく。生をうけし初より、身ををはるまで、天地の恩をうけし事、かくの如し。かゝる大恩あることを悟りて、身ををはるまで天地につかへ奉りて、孝を行ひ、其きはまりなき徳に報いんことを思ふべし。是人間の一大事なり。故にたびたびくりかへして言ふなり。
書き下し
一父母我を産めりといへども、其生をうけし初は、天地の気をとりて生ず。是天地は、生の本なり。其上、むまれて後、いとけなきより身ををはるまで、天地の養をうけ、天地の生ずる物を、食とし、衣とし、家とし、器として、身をやしなふ。天地の性をうけ、五常の徳を心にむまれつきて、万物の霊となり、天地の内にすみて、天地のあつき恵をうく。生をうけし初より、身ををはるまで、天地の恩をうけし事、かくの如し。かかる大恩あることを悟りて、身ををはるまで天地につかへ奉りて、孝を行ひ、其きはまりなき徳に報いんことを思ふべし。是人間の一大事なり。故にたびたびくりかへして言ふなり。
現代語訳
父母が自分を生んだといっても、その生を受けた初めは、天地の気を取って生じます。これは天地が生の本だということです。そのうえ、生まれてのち、幼いときから身を終えるまで、天地の養いを受け、天地の生じる物を、食とし、衣とし、家とし、器として、身を養います。天地の性を受け、五常の徳を心に生まれつきそなえて、万物の霊長となり、天地の内に住んで、天地の厚い恵みを受けます。生を受けた初めから身を終えるまで、天地の恩を受けることはこのようです。このような大恩があることを悟って、身を終えるまで天地に仕えて孝を行い、そのきわまりない徳に報いることを思いなさい。これが人間の一大事です。だからたびたび繰り返して言うのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『大和俗訓』巻之一・為学上一人となるものは、天地を以て大父母とする故、父母の恩をうくるが如く、きはまりなき天地の恩を受けたり。天地のめぐみにて生れたる恩のみならず、身を終るまで天地のやしなひをうくる事、たとへば人の身の、父母より生れて後も、父母のやしなひによりて、ひととなるが如し。ここを以て、此世に生れては、つねに天地につかへ奉り、如何にもして天地の恩をむくいん事を思ふべし。是天地につかふる孝なり。人たる者は、つねに是を心にかけて忘る可からず。天地につかへ奉る道は別にあらず。天地の御心にしたがふを以て道とす。天地の御心にしたがふとは、我に天地より生れつきたる仁愛の徳を失はずして、天地の生める所の人倫を、厚くあはれみ敬ふをいふ。
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『五常訓』巻之二・仁之上一人は父母より生ずといへど、其根本をたづぬれば、皆天地の恩によりて生る。むまれて後、一生の間も、亦天地の恵によりて身をたつる事、猶親の気をうけて、むまれて後も、親の養によりて、人となるが如し。是誠にきはまりなき大恩ならずや。此故に、天地を以て大父母とす。天をば父と称し、地をば母と称す。人は天地の子なり。まことに天地の恩のきはまり無き事、海山を以ても譬へがたし。天地の恩のむくいがたき事、子として父母のむくいがたきと同じ。人は万物の霊なれば、などか天地の恩の大なる事を知らで過ぎぬべきや。故に人の道は、唯天地の恩を知りてつかへ奉るにあり。天地につかへ奉る道は、べちにあらず。天地にしたがひて背かざるにあり。
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『大和俗訓』巻之三・心術上一天地の、人をあはれみ恵み給ふ事かぎりなし。食物、衣服、居所、器物、もろもろの、人の身を養ふ物を生じて与へ給ふ。もろもろの人、是をとりて用ひ、我が身をやしなふ。天下の人、たかきもひききも、一人も其めぐみを受けざる人なし。其恩の深く高き事、海山にもくらべがたく、言語にも述べがたし。又薬物を生じて病を救ふ。凡世にあらゆるよろづの物、人の身を養ひ助くる品々、多き事あけて数ふべからず。是皆天地の、人をあつくめぐみ給ふ所なり。天地の、禽獣を養ふ事は、人を養ひたまふ百分が一にもあらず。其上、禽獣は人にころされて食と成り、草木はきられて用となる。然れば、人の、万物より貴くして、天地の厚きめぐみをうくる事、思ひ知るべし。
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『大和俗訓』巻之六・躬行上一人に四恩あり。天地の恩、父母の恩、主君の恩、聖人の恩。此四恩わするべからず。天地は人の大父母なり。父母の気は、即天地の気なり。人は天地の気より生る。又むまれて後は、天地の養をうけて身をたつ。故に天地の恩は、広大にしてきはまりなし。何を以てか、其恩をむくいんや。天地の御心にしたがひて背かざる、是天地につかへ奉りて、孝をつくし、其恩の万一を報ずる道なり。天地の御心にしたがふとは何ぞや。人たるものは、天地の、万物を産みやしなひ給ふ、其御心をうけて心とす。是仁なり。仁とはあはれみの心なり。仁を失はざるは、天地の心にしたがふなり。仁を行ふ道、いかん。天地は、其産める所の人をあつく愛し、次には万物を愛し給ふ。
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『大和俗訓』巻之一・為学上一天地は万物の父母、人は万物の霊なりと、尚書に聖人説き給へり。言ふ意は、天地は万物をうみ給ふ根本にして、大父母なり。人は天地の正気をうけて生るる故に、万物にすぐれて其心明かにして、五常の性をうけ、天地の心を以て心として、万物の内にて、其品いとたふとければ、万物の霊とはのたまへるなるべし。霊とは心に明なるたましひあるを云ふ。天地は万物をうみ養ひ給ふ中にも、人をあつくあはれみ給ふ事、鳥獣草木にことなり。ここを以て、万物のうちにて、もはら人を以て天地の子とせり。されば人は天を父とし、地を母として、かぎりなき天地の大恩を受けたり。故に常に天地につかへ奉るを以て人の道とす。天地につかへ奉る道はいかんぞや。
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『初学訓』巻之一一およそ人となれる者は、父母これを生めりといへども、其本をたづぬれば、天地の生理をうけて生る。故に、天下の人は皆天地のうみ給ふ子なれば、天地を以て大父母とす。尚書にも天地は万物の父母といへり。父母はまことにわが父母なり。天地は天下万民の大父母なり。其上、うまれて後、父母の養を得て生長し、君恩をうけて身を養ふも、其本をたづぬれば、皆天地の生ずる物を用ひて食とし衣とし家とし、器として、身をやしなふ故に、およそ人となれる者は、はじめ天地の生理をうけて生るるのみならず、うまれて後身を終るまで、天地の養をうけて身をたもてり。然れば、人は万物にすぐれて、天地のきはまりなき大恩をうけたり。ここを以て、人のつとめてなすべきことわざは、わが父母につかへて力をつくすは云ふに及ばず、一生の間、つねに天地につかへ奉りて、其大恩を報じ奉らんことを思ふべし。是なん、人となりて、常に心にかくべきことにぞあるべき。
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