大和俗訓 / 巻之六・躬行上
一力行の道は、其大綱は、身ををさめて、五倫をあつくするにあり。身ををさむるは、道を行ふ本なり。身修らざれば、五倫の道行はれず。身ををさむる條目は、言を忠信にし、行をあつくつゝしみ、怒を懲しおさへ、慾をこらへふさぎ、見聞する所の善に早くうつりて、つとめ行ひ、我が過を知りて、すみやかに改むるにあり。其上、人に對して道を行へども、人したがはずして行はれざる事あらば、人を責めずして、自らかへりみ求めて、わが善のいたらざる事をせむべし。およそ人の身のわざ多けれど、つめていへば、言と行との二に過ぎず。言をつゝしみて信にし、行をつとめて篤くつゝしめば、身修る。故に言行をつゝしみ篤くするは身を修むるの道なり。
新字:一力行の道は、其大綱は、身ををさめて、五倫をあつくするにあり。身ををさむるは、道を行ふ本なり。身修らざれば、五倫の道行はれず。身ををさむる条目は、言を忠信にし、行をあつくつゝしみ、怒を懲しおさへ、慾をこらへふさぎ、見聞する所の善に早くうつりて、つとめ行ひ、我が過を知りて、すみやかに改むるにあり。其上、人に対して道を行へども、人したがはずして行はれざる事あらば、人を責めずして、自らかへりみ求めて、わが善のいたらざる事をせむべし。およそ人の身のわざ多けれど、つめていへば、言と行との二に過ぎず。言をつゝしみて信にし、行をつとめて篤くつゝしめば、身修る。故に言行をつゝしみ篤くするは身を修むるの道なり。
書き下し
一力行の道は、其大綱は、身ををさめて、五倫をあつくするにあり。身ををさむるは、道を行ふ本なり。身修らざれば、五倫の道行はれず。身ををさむる条目は、言を忠信にし、行をあつくつつしみ、怒を懲しおさへ、慾をこらへふさぎ、見聞する所の善に早くうつりて、つとめ行ひ、我が過を知りて、すみやかに改むるにあり。其上、人に対して道を行へども、人したがはずして行はれざる事あらば、人を責めずして、自らかへりみ求めて、わが善のいたらざる事をせむべし。およそ人の身のわざ多けれど、つめていへば、言と行との二に過ぎず。言をつつしみて信にし、行をつとめて篤くつつしめば、身修る。故に言行をつつしみ篤くするは身を修むるの道なり。
現代語訳
力行(実践)の道は、その大綱は、身を修めて五倫を厚くすることにあります。身を修めるのは、道を行う本です。身が修まらなければ、五倫の道は行われません。身を修める項目は、言葉を誠実にし、行いを厚くつつしみ、怒りをこらしおさえ、欲をこらえふさぎ、見聞きした善に早く移って努め行い、自分の過ちを知ってすみやかに改めることにあります。そのうえ、人に対して道を行っても、人が従わずに行われないことがあれば、人を責めずに、自らかえりみて求め、自分の善が至らないことを責めなさい。およそ人の身のわざは多いけれど、つきつめていえば、言葉と行いの二つに過ぎません。言葉をつつしんで誠実にし、行いを努めて厚くつつしめば、身は修まります。だから言行をつつしみ厚くすることは、身を修める道なのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』耕柱子墨子、駱滑氂に謂いて曰く、「我れ子の勇を好むと聞く」と。駱滑氂曰く、「然り。我れ其の鄉に勇士有りと聞かば、吾れ必ず従いて之を殺さん」と。子墨子曰く、「天下、其の好む所に與して、其の惡む所を奪わんと欲せざるは莫し。今、子、其の鄉に勇士有りと聞かば、必ず従いて之を殺さんとす。是れ勇を好むに非ざるなり、是れ勇を惡むなり」と。
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『墨子』耕柱子夏の徒、子墨子に問いて曰く、「君子に鬬有りや」と。子墨子曰く、「君子に鬭無し」と。子夏の徒曰く、「狗狶すら猶お鬬有り。惡んぞ士有りて鬬無からんや」と。子墨子曰く、「傷ましいかな。言えば則ち湯・文に稱し、行えば則ち狗狶に譬う。傷ましいかな」と。
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説苑・說叢君子の言は寡くして實あり、小人の言は多くして虛あり。君子の學や、耳に入り、心に藏し、之を行うに身を以てす。君子の治や、見るに足らざるに始まり、及ぶべからざるに終わる。君子は福を慮ること及ばず、禍を慮ること之を百にす。君子は人を擇びて取り、人を擇ばずして與う。君子は實なること虛の如く、有ること無きが如し。
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『墨子』耕柱子墨子曰く、「言、以て行いを復するに足る者は、之を常とす。以て行いを舉ぐるに足らざる者は、常とする勿かれ。以て行いを舉ぐるに足らずして之を常とするは、是れ口を蕩かすなり」と。
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易経・繋辞上子曰く、「君子其の室に居りて、其の言を出だすに、善なれば則ち千里の外も之に応ず。況んや其の邇(ちか)き者をや。其の室に居りて、其の言を出だすに善ならざれば、則ち千里の外も之に違(たが)う。況んや其の邇き者をや。言は身より出でて、民に加わり、行いは邇きより発して、遠きに見(あら)わる。言行は君子の枢機(すうき)なり。枢機の発するは、栄辱の主なり。言行は、君子の天地を動かす所以なり。慎まざるべけんや」と。
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『墨子』貴義子墨子曰く、言、以て行いを遷すに足る者は、之を常とす。以て行いを遷すに足らざる者は、常とする勿かれ。以て行いを遷して之を常とするは、是れ口を蕩かすなり。
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