大和俗訓 / 巻之三・心術上
故に心は靜ならでは、思案は爲しがたし。およそ事をなすに、ゆだんにならざる事は、緩の字を用ひて、みだりにいそがず、よく思案して、詳かに事の是非をわかちて行ふべし。古人これを待と云ふ。待とは事をいそかずして時をまち、詳かに思案して、道理を求め行ふことなり。ゆだんするにはあらず。みだりに早く決定すれば、必其事をしそんじ、後悔あるものなり。
新字:故に心は静ならでは、思案は為しがたし。およそ事をなすに、ゆだんにならざる事は、緩の字を用ひて、みだりにいそがず、よく思案して、詳かに事の是非をわかちて行ふべし。古人これを待と云ふ。待とは事をいそかずして時をまち、詳かに思案して、道理を求め行ふことなり。ゆだんするにはあらず。みだりに早く決定すれば、必其事をしそんじ、後悔あるものなり。
書き下し
故に心は静ならでは、思案は為しがたし。およそ事をなすに、ゆだんにならざる事は、緩の字を用ひて、みだりにいそがず、よく思案して、詳かに事の是非をわかちて行ふべし。古人これを待と云ふ。待とは事をいそかずして時をまち、詳かに思案して、道理を求め行ふことなり。ゆだんするにはあらず。みだりに早く決定すれば、必其事をしそんじ、後悔あるものなり。
現代語訳
ですから、心が静かでなければ、思案はしにくいのです。およそ事をなすのに、油断にならない事は、「緩」の字を用いて、みだりに急がず、よく思案して、詳しく事の是非を分けて行うべきです。古人はこれを「待」といいました。待とは、事を急がずに時を待ち、詳しく思案して、道理を求めて行うことです。油断することではありません。みだりに早く決めれば、必ずその事をし損じて、後悔するものです。
解説
この章句が説くこと
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