大和俗訓 / 巻之三・心術上
一陰德とは、善を行ひて人に知られん事を求めず、唯心の内に、ひそかに仁愛をたもち行ふをいふ。古人の曰、陰德は耳のなるが如し。我ひとり知りて人知らず。およそ人の患をうれひ、人のよろこびを喜び、人をあはれみ惠むに、鰥寡孤獨の、たよりなき人を先にし、人の飢ゑたるをすくひ、こゞえたる人に衣をあたへ、つかれたるをたすけ、病者をすくひ、道橋を修理し、人に害あるを除き、人に利益ある事をなし、人の中を和げ、人の善あるを譽め、人の過を隱し、人の小過をゆるし、人の才藝を用ひすゝめ、みだりに人に怒らず、人をうらみず、人のいかり爭ひを止め、かりにも人をそしらず、人を侮らず、人を奪はず、人を妨けず、人の善をすゝめ、人の惡をいさめ、禽獸蟲魚をくるしめず、妄にころさず、草木をみだりに切らざる、皆是陰德なり。
新字:一陰徳とは、善を行ひて人に知られん事を求めず、唯心の内に、ひそかに仁愛をたもち行ふをいふ。古人の曰、陰徳は耳のなるが如し。我ひとり知りて人知らず。およそ人の患をうれひ、人のよろこびを喜び、人をあはれみ恵むに、鰥寡孤独の、たよりなき人を先にし、人の飢ゑたるをすくひ、こゞえたる人に衣をあたへ、つかれたるをたすけ、病者をすくひ、道橋を修理し、人に害あるを除き、人に利益ある事をなし、人の中を和げ、人の善あるを誉め、人の過を隠し、人の小過をゆるし、人の才芸を用ひすゝめ、みだりに人に怒らず、人をうらみず、人のいかり争ひを止め、かりにも人をそしらず、人を侮らず、人を奪はず、人を妨けず、人の善をすゝめ、人の悪をいさめ、禽獣虫魚をくるしめず、妄にころさず、草木をみだりに切らざる、皆是陰徳なり。
書き下し
一陰徳とは、善を行ひて人に知られん事を求めず、唯心の内に、ひそかに仁愛をたもち行ふをいふ。古人の曰、陰徳は耳のなるが如し。我ひとり知りて人知らず。およそ人の患をうれひ、人のよろこびを喜び、人をあはれみ恵むに、鰥寡孤独の、たよりなき人を先にし、人の飢ゑたるをすくひ、こごえたる人に衣をあたへ、つかれたるをたすけ、病者をすくひ、道橋を修理し、人に害あるを除き、人に利益ある事をなし、人の中を和げ、人の善あるを誉め、人の過を隠し、人の小過をゆるし、人の才芸を用ひすすめ、みだりに人に怒らず、人をうらみず、人のいかり争ひを止め、かりにも人をそしらず、人を侮らず、人を奪はず、人を妨けず、人の善をすすめ、人の悪をいさめ、禽獣虫魚をくるしめず、妄にころさず、草木をみだりに切らざる、皆是陰徳なり。
現代語訳
陰徳とは、善を行って人に知られることを求めず、ただ心の内にひそかに仁愛を保って行うことをいいます。古人は「陰徳は耳鳴りのようなものだ。自分ひとりが知っていて、人は知らない」と言いました。およそ、人の心配事を憂い、人の喜びを喜び、人をあわれみ恵むのに、鰥寡孤独の頼りない人を先にし、飢えた人を救い、こごえた人に衣を与え、疲れた人を助け、病人を救い、道や橋を修理し、人に害のあるものを除き、人に利益のあることをし、人の仲を和らげ、人の善いところをほめ、人の過ちを隠し、人の小さな過ちを許し、人の才芸を用いて勧め、みだりに人に怒らず、人を恨まず、人の怒りや争いを止め、かりにも人をそしらず、人を侮らず、人から奪わず、人を妨げず、人の善を勧め、人の悪を諫め、鳥獣や虫魚を苦しめず、みだりに殺さず、草木をみだりに切らないこと、これらはみな陰徳です。
解説
この章句が説くこと
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