大和俗訓 / 巻之三・心術上
かくの如く天地の恩をあつくかうぶりても、愚なる人は知らず。平生一の善事をもなさずして、天地につかへ奉り、恩を報ずる道を行はず。いはんや不仁にして、天地のうみ養ひ給ふ人物をそこなひ惱まして、天地の生理を妨げ、天地の物をつひやし、天地の御心にそむくをや。是天地の恩を知らず、天地に不孝にして、人道を失へりと云ふべし。天道おそるべし。我が輩愚にして、天地の大恩の萬一を報ずるほどの力こそなくとも、せめて天地の道にそむかず、天地の生じ給ふ物をそこなはざるべし。古人は、天道の眼前にある事を知りて、朝夕おそれをなしてそむかず。今の世の人も、亦かくの如くなるべし。詩曰、天の威をおぢて、こゝにこれを保つといへり。學者は常に天道をおそるゝを以て心とすべし。人道はかならず斯くの如くなるべし。
新字:かくの如く天地の恩をあつくかうぶりても、愚なる人は知らず。平生一の善事をもなさずして、天地につかへ奉り、恩を報ずる道を行はず。いはんや不仁にして、天地のうみ養ひ給ふ人物をそこなひ悩まして、天地の生理を妨げ、天地の物をつひやし、天地の御心にそむくをや。是天地の恩を知らず、天地に不孝にして、人道を失へりと云ふべし。天道おそるべし。我が輩愚にして、天地の大恩の万一を報ずるほどの力こそなくとも、せめて天地の道にそむかず、天地の生じ給ふ物をそこなはざるべし。古人は、天道の眼前にある事を知りて、朝夕おそれをなしてそむかず。今の世の人も、亦かくの如くなるべし。詩曰、天の威をおぢて、こゝにこれを保つといへり。学者は常に天道をおそるゝを以て心とすべし。人道はかならず斯くの如くなるべし。
書き下し
かくの如く天地の恩をあつくかうぶりても、愚なる人は知らず。平生一の善事をもなさずして、天地につかへ奉り、恩を報ずる道を行はず。いはんや不仁にして、天地のうみ養ひ給ふ人物をそこなひ悩まして、天地の生理を妨げ、天地の物をつひやし、天地の御心にそむくをや。是天地の恩を知らず、天地に不孝にして、人道を失へりと云ふべし。天道おそるべし。我が輩愚にして、天地の大恩の万一を報ずるほどの力こそなくとも、せめて天地の道にそむかず、天地の生じ給ふ物をそこなはざるべし。古人は、天道の眼前にある事を知りて、朝夕おそれをなしてそむかず。今の世の人も、亦かくの如くなるべし。詩曰、天の威をおぢて、ここにこれを保つといへり。学者は常に天道をおそるるを以て心とすべし。人道はかならず斯くの如くなるべし。
現代語訳
このように天地の恩を厚く受けていても、愚かな人はそれを知りません。ふだん一つの善い事もせず、天地にお仕えして恩に報いる道を行いません。まして不仁であって、天地が生み養ってくださる人や物を損ない悩ませ、天地の生かす働きを妨げ、天地の物を浪費し、天地の御心に背くのはなおさらです。これは天地の恩を知らず、天地に対して不孝であって、人の道を失っているというべきです。天道は恐るべきものです。私たちは愚かで、天地の大恩の万分の一を報いるほどの力はなくても、せめて天地の道に背かず、天地の生み出した物を損なわないようにすべきです。昔の人は、天道が目の前にあることを知って、朝夕畏れて背きませんでした。今の世の人もまたそうあるべきです。『詩経』に「天の威光を畏れて、ここにこれを保つ」とあります。学ぶ者はいつも天道を畏れることを心とすべきです。人の道は必ずこのようであるべきです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『甲陽軍鑑』品第六能人の埋るゝも世のならひ、悪き者うゆるもならひ、善悪をまぜあはするは皆是天道なりと心得べし一丹波国赤井と云男、七歳にて人を伐、赤井悪右衛門と名をよばれ、五畿内におひて己が人数五百千はかりにて敵五千六千をも数度戦て悪右衛門かたずといふことなし一四国阿波の三善修理太夫殿は、
-
孔子家語・大婚解公曰く、「君子何ぞ天道を貴ぶや。」孔子曰く、「其の已まざるを貴ぶなり。日月東西相従いて已まざるが如きなり。是れ天道なり。閉じずして能く久しき、是れ天道なり。無為にして物成る、是れ天道なり。已に成りて之を明らかにする、是れ天道なり。」公曰く、「寡人且つ愚冥なり、幸いに子の心を煩わさん。」孔子蹴然として席を避けて対えて曰く、「仁人は物に過ぎず、孝子は親に過ぎず。是の故に仁人の親に事うるや天に事うるが如く、天に事うるや親に事うるが如し。此を孝子の身を成すと謂う。」公曰く、「寡人既に此くの如き言を聞く、後の罪を如何せんこと無きか。」孔子対えて曰く、「君子此の言に及ぶは、是れ臣の福なり。」
-
史記 伯夷列伝或いは曰く、「天道は親無く、常に善人に与す」と。伯夷・叔斉の若きは、善人と謂ふ可き者か、非ざるか。仁を積み行ひを潔くすること此くの如くして餓死す。且つ七十子の徒、仲尼独り顔淵をのみ薦めて学を好むと為すも、然るに回や、屢々空しく、糟糠にだも厭かずして、卒に蚤夭す。天の善人に報施するは、其れ何如ぞや。盗跖は日々不辜を殺し、人の肉を肝し、暴戻恣睢にして、党を聚むること数千人、天下に横行するも、竟に寿を以て終はる。是れ何の徳に遵ふや。此れ其の尤も大いに彰明較著なる者なり。近世に至るが若きは、操行軌ならず、専ら忌諱を犯し、而も身を終ふるまで逸楽し、富厚にて世を累ぬるも絶えず。或いは地を択びて之を蹈み、時ありて然る後に言を出だし、行ひは径に由らず、公正に非ずんば憤りを発せず、而るに禍災に遇ふ者は、勝げて数ふ可からざるなり。余、甚だ惑ふ。儻くは所謂天道は、是か非か。
-
孔子家語・六本孔子斉に在り、外館に舎る。景公造く。賓主の辞既に接するや、左右白して曰わく、「周の使い適に至り、先王の廟災すと言う。」景公覆た災は何れの王の廟なるかを問う。孔子曰わく、「此れ必ず厘王の廟ならん。」公曰わく、「何を以て之れを知るや。」孔子曰わく、「詩に云う、『皇皇たる上天、其の命忒わず。天の善を以てするや、必ず其の徳に報ゆ。』禍も亦た之れの如し。夫れ厘王は文武の制を変じ、玄黄華麗の飾りを作り、宮室崇峻に、輿馬奢侈にして、振るう可からず。故に天殃宜しく其の廟に加うべし、是を以て之れを占なうに然りと為す。」公曰わく、「天何ぞ其の身を殃せずして、其の廟に罰を加うるや。」孔子曰わく、「蓋し文武を以ての故なり。若し其の身を殃せば、則ち文武の嗣、乃ち殄びんとするに無からんや。故に当に其の廟を殃すべく、以て其の過ちを彰らかにす。」俄頃にして、左右報じて曰わく、「災する所は、厘王の廟なり。」景公驚き起ちて、再拝して曰わく、「善いかな、聖人の智、人に過ぐること遠し。」
-
説苑・說叢天與えて取らざれば、反って其の咎を受く。時至りて迎えざれば、反って其の殃を受く。天地親しむ無く、常に善人に與す。天道常有り、堯の為に存せず、桀の為に亡びず。善を積むの家には、必ず餘慶有り。惡を積むの家には、必ず餘殃有り。一噎の故に、穀を絕ちて食らわず。一蹶の故に、足を卻けて行かず。心天地の如き者は明らかに、行い繩墨の如き者は章らかなり。位高くして道大なる者は從い、事大にして道小なる者は凶なり。言疑わしき者は犯す無く、行い疑わしき者は從う無し。蠹蝝は柱梁を仆し、蚊虻は牛羊を走らす。
-
『呻吟語』内篇・問學・胸中獨り得たる中正の道理學問の大要は、須らく天道・人情・物理・世故を把りて識得すること透徹し、卻って胸中獨り得たる中正底の道理を以て之を消息すべし。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る