大和俗訓 / 巻之一・為学上
一凡學をするには、敎をうくる基を立て、又禁戒を守るべし。基とは家をつくる土臺なり。學問する人は謙を以て基となす。謙とはへりくだるなり。我が身にほこらず、人に高ぶらずして、心をむなしくし、人に問ふ事をこのみ、我が才をたのまず、師友をうやまひ、我が身に才力有りても、無きが如くし、敎をよくきゝ、人のいさめを悅び、すでに知れることも、知らざるが如くにして、我が知を先だてず、すでによく行ふ事いまだ行はざるが如く思ひ、人をせめずして我が身をせむるを、へりくだると云ふ。是學問をつとめ、敎をうくる基なり。たとへば家を作るに、先基を立つるが如し。此基あれば日々に善言をきゝ、我が過を知りて、知明かになり、善日々に長ず。
新字:一凡学をするには、教をうくる基を立て、又禁戒を守るべし。基とは家をつくる土台なり。学問する人は謙を以て基となす。謙とはへりくだるなり。我が身にほこらず、人に高ぶらずして、心をむなしくし、人に問ふ事をこのみ、我が才をたのまず、師友をうやまひ、我が身に才力有りても、無きが如くし、教をよくきゝ、人のいさめを悦び、すでに知れることも、知らざるが如くにして、我が知を先だてず、すでによく行ふ事いまだ行はざるが如く思ひ、人をせめずして我が身をせむるを、へりくだると云ふ。是学問をつとめ、教をうくる基なり。たとへば家を作るに、先基を立つるが如し。此基あれば日々に善言をきゝ、我が過を知りて、知明かになり、善日々に長ず。
書き下し
一凡学をするには、教をうくる基を立て、又禁戒を守るべし。基とは家をつくる土台なり。学問する人は謙を以て基となす。謙とはへりくだるなり。我が身にほこらず、人に高ぶらずして、心をむなしくし、人に問ふ事をこのみ、我が才をたのまず、師友をうやまひ、我が身に才力有りても、無きが如くし、教をよくきき、人のいさめを悦び、すでに知れることも、知らざるが如くにして、我が知を先だてず、すでによく行ふ事いまだ行はざるが如く思ひ、人をせめずして我が身をせむるを、へりくだると云ふ。是学問をつとめ、教をうくる基なり。たとへば家を作るに、先基を立つるが如し。此基あれば日々に善言をきき、我が過を知りて、知明かになり、善日々に長ず。
現代語訳
一、およそ学問をするには、教えを受ける土台を立て、また禁戒を守るべきです。土台とは家を造る土台です。学問する人は謙を土台とします。謙とはへりくだることです。自分の身を誇らず、人に高ぶらずに心を空にし、人に問うことを好み、自分の才能を頼まず、師や友を敬い、自分に才能や力があっても無いようにし、教えをよく聞き、人の諫めを喜び、すでに知っていることも知らないようにして、自分の知恵を先立てず、すでによく行っていることもまだ行っていないように思い、人を責めずに自分を責めることを、へりくだるといいます。これが学問に努め、教えを受ける土台です。たとえば家を造るのに、まず土台を築くようなものです。この土台があれば、日々によい言葉を聞き、自分の過ちを知って知恵が明らかになり、善が日々に伸びます。
解説
この章句が説くこと
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『益軒家訓』聖学須勤凡人たるものは、聖人の教を貴び受け、強く志を立て、人の道を学び知り、勤め行ひて君子とならん事を思ひ、常に心にかけて怠るべからず。これ聖学に志すの道なり。其学問の法は、書を読み古を考へ、人に問ひ己におもひ、人の諫いましめを聴用ひ、常に我が身を顧て、我が愚なる事を知り、わが不善なる事を知り、わが過を改めて善にうつるべし。君子の過ちや日月の食の如し、過つや人皆之を見、更むるや人皆之を仰ぐ。また小人の過つや、かならず文る。過をはぢて蔽ひかくすは小人の心なり、甚卑し。古語に聖人に非ずんば誰か能く過ち無からん、過ちて能く改むる、善焉より大なるは莫しといへり。仮にも我を智ありとし、善也と思ふべからず。わが身のちからをたのみて、人を愚なりとし、侮るべからず。諫を拒ぎ、我を是とすべからず。
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『幽夢影』巻上・下の下なり人は聖賢に非ず、安んぞ能く知らざる所無からん。祇だ其の一を知り、惟だ其の一に止まらざるを恐れ、復た其の二を知らんことを求むる者は、上なり。止だ其の一を知り、人の言ふに因りて、始めて其の二有るを知る者は、次なり。止だ其の一を知り、人其の二有りと言ふも之を信ずる莫き者は、又其の次なり。止だ其の一を知り、人の其の二有りと言ふを惡む者は、斯れ下の下なり。
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『慎思録』巻之六博聞広覧にして見識有り、且つ久しく世変を経歴する者は、以て古今を是非すべく、過ち寡きに庶からん。苟も見聞寡陋にして、世を渉ることも亦浅くして見識無き者は、未だ以て天下古今の善悪を議すべからざるなり。仲虺の誥に曰く、問ふことを好めば則ち裕かに、自ら用ゐれば則ち小なりと。蓋し器小なれば則ち自足と為して、人に資ることを好まず。大凡古人の説は、固より資るべし。今人の言と雖も、其の善き者は廃すべからず。須らく択びて之を取るべし。舜の大聖すら、猶ほ善を人に資る。況んや今の衆人、豈に専ら自ら用ゐて、人に資らざるべけんや。蓋し博学の方は、古人の言に資るに止まらず、今人の言と雖も亦取るべし。是れ古今に通ずる所以なり。
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人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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