山鹿語類 / 士道・明衣服之制
私に於て着用せんには、小袖と號してゆきを短くし、袖の下をつゞめ、袖口をせばくして、風寒をのぞき便用を利す。是を褻の衣と云へり。袴はすそを短くして往來を利せしむ。是唯私に所用にして、聊公事に服するに非ず。孔子私の小袖は右の袖を短くし玉へりと、論語に出たり。近代に及んで、專ら便用を事として、褻時ともに皆小袖を着用す。近比迄袖のゆきを短くして、猶袖の口を闊くして廣袖と號し、下に袖口せばき下衣を着せりと也。今皆上下公私ともに小袖になれり。專其便用能く、其所見捷徑にして、風寒をよく拒ぐを以て也。而して袍のかはりに肩衣を着し、下に袴を着して其たけを短くし、是の出入を利す。是古來凡下のもの、皆手足の便用を利して、人の奴隷たるに宜しきを以て、此制あつて着之。今高貴の人も又着之。是戰國戎衣の便用を受けて、平生の衣服とすれば也。武は專便用を利して、武の要用を必とす。今用ふる處の制、是武の戎衣のすがた也。
新字:私に於て着用せんには、小袖と号してゆきを短くし、袖の下をつゞめ、袖口をせばくして、風寒をのぞき便用を利す。是を褻の衣と云へり。袴はすそを短くして往来を利せしむ。是唯私に所用にして、聊公事に服するに非ず。孔子私の小袖は右の袖を短くし玉へりと、論語に出たり。近代に及んで、専ら便用を事として、褻時ともに皆小袖を着用す。近比迄袖のゆきを短くして、猶袖の口を闊くして広袖と号し、下に袖口せばき下衣を着せりと也。今皆上下公私ともに小袖になれり。専其便用能く、其所見捷径にして、風寒をよく拒ぐを以て也。而して袍のかはりに肩衣を着し、下に袴を着して其たけを短くし、是の出入を利す。是古来凡下のもの、皆手足の便用を利して、人の奴隷たるに宜しきを以て、此制あつて着之。今高貴の人も又着之。是戦国戎衣の便用を受けて、平生の衣服とすれば也。武は専便用を利して、武の要用を必とす。今用ふる処の制、是武の戎衣のすがた也。
書き下し
私に於て着用せんには、小袖と号してゆきを短くし、袖の下をつゞめ、袖口をせばくして、風寒をのぞき便用を利す。是を褻の衣と云へり。袴はすそを短くして往来を利せしむ。是唯私に所用にして、聊公事に服するに非ず。孔子私の小袖は右の袖を短くし玉へりと、論語に出たり。近代に及んで、専ら便用を事として、褻時ともに皆小袖を着用す。近比迄袖のゆきを短くして、猶袖の口を闊くして広袖と号し、下に袖口せばき下衣を着せりと也。今皆上下公私ともに小袖になれり。専其便用能く、其所見捷径にして、風寒をよく拒ぐを以て也。而して袍のかはりに肩衣を着し、下に袴を着して其たけを短くし、是の出入を利す。是古来凡下のもの、皆手足の便用を利して、人の奴隷たるに宜しきを以て、此制あつて着之。今高貴の人も又着之。是戦国戎衣の便用を受けて、平生の衣服とすれば也。武は専便用を利して、武の要用を必とす。今用ふる処の制、是武の戎衣のすがた也。
現代語訳
私的に着るものとしては、小袖と呼んで裄(ゆき)を短くし、袖の下を縮め、袖口を狭くして、風や寒さを防ぎ使い勝手をよくする。これを褻(け)の衣という。袴は裾を短くして行き来に便利にする。これはただ私的に用いるものであって、少しも公事に着るものではない。孔子が私的な衣の右の袖を短くされたと『論語』に出ている。近代になって、もっぱら便利を第一として、褻の時も晴の時もみな小袖を着るようになった。近ごろまでは袖の裄を短くしながらも袖口を広くして広袖と呼び、下に袖口の狭い下着を着ていたという。今はみな上下公私ともに小袖になった。もっぱらその使い勝手がよく、見た目も手軽で、風や寒さをよく防ぐからである。そして袍の代わりに肩衣を着け、下に袴をはいてその丈を短くし、出入りに便利にしている。これは古来、身分の低い者がみな手足の使い勝手をよくして、人の召使いとして働くのに都合がよいので、この形があって着ていたものである。今は高貴な人もまたこれを着る。これは戦国時代の戎衣(いくさ着)の便利さを受け継いで、平生の衣服としているからである。武はもっぱら便利をよしとして、武に必要な用を必須とする。今用いている服の形は、武の戎衣の姿なのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『山鹿語類』士道・明衣服之制次に衣服の用法あり。衣裳は上下の用にして、上は以て心腹手背ををゝひ、下は以て腰脚前後を蔽ふ。上を衣と云、下を裳と云。これ衣裳の法也。衣者上体之服、古者朝服有玄袞、有毳衣、有黻衣、有緇衣、有錦衣、有深衣、其制多相似と也。下体之服、古者綉裳五色備、前五幅、後四幅、以纁為之、刺綉於其上と也。而して其制作法歴代不同也。本朝衣服令に所出尤詳也。而して本朝には男女皆上に衣を用て、下に袴を用。袴の上に加ふるに有褶之制。令曰、加袴上也、云々、異朝には衣裳あつて、本朝には衣袴あり。其用本朝の制甚相叶て腰脚の利多し。而して衣服の上に袍を着す。袖口濶五位已上一尺為限、六位已下八寸、女亦准此といへり。其後長保の制、袖濶一尺八寸以下、袴広不及三幅、或衣袖袴広以一尺六寸為限ともいへり。是定れる制也。猶旧記に従て其制を可考。近代は便用を専として、衣服の制甚捷径になれり。
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『山鹿語類』士道・明衣服之制凡そ衣は腹背を蔽て寒暑を時なふ。是不得已のゆゑんにして、其間是を制するに礼を以て節す。故に身の肉を外にあらはさず。形の見苦きを外に不出。能くつゝましめ、袖を長くして手の形を不見。手は必動きやすし。動く時は非礼のわざありやすきを以て、其形をかくし、手の動くを自然にやめしむ。然れども手は動くを以て要とするがゆゑに、袖の口を闊して急に出すに又利あらしむ。是衣の制作也。袴は前後両足ををゝふ。是又足の形を不出、前後ををゝふに、貴人の前に動静することを利す。足又動て非礼の行ありやすし。故に其袴の長くして急に歩むべからず、非礼の行成がたからしむ。然れども是は動き歩むを以て用とするがゆゑに、上括下括等の制あつて、歩行するに利あらしむ。されば袍の袖長くして手を蔽、袴のたけ長して足をかくす。手足に非礼の動なからしむるを以て、臣は君の前において非礼非義の行自然に不能。子又父之前においても然り。すべて五倫の間、衣裳の制に因て、不得止して非礼非義をなすこと不能しむ。若し袍の袖をくゝり挙、袴を上にくゝり、赤脚ならんには、必ず非常の相ありと知るに足れり。古の聖人其制する処、尤ゆゑあることゞも也。是礼服の法也。
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『山鹿語類』士道・明衣服之制本朝の今衣裳の制あらざれども、士の所着唯便用とのみ心付は、是身を利するの一事なるを以て、ひだをたゝみ置くべきをも、其たゝみめを略して殺取、不入所に絵布の不費をよしとして、幅を略しひだを去て捷径をこととす。古は下の袴の幅尤広して、襞積を多くし、其礼服とす。今は上下ともに幅をつめて襞積を少くす。ある所のひだも不得已して是をゝく。唯古人の是を以て礼服とし、威儀をたゞし、徳行をかへりみ、非礼の動あらしめざらんの為也と云心、聊も無之。如此なりもて行ば、彼の南蠻北狄の紅毛を以て身をまとひ、人の膚をつゝみて、袖のあまりなく、斉のとゝのほるあらず。はだかなる身を紅毛にくるみまとふて余分なきが如く、つひには禽獣の皮毛載角して専己を利するにのみ至りぬべし。其機微不戒んや。
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『山鹿語類』士道・明衣服之制又朝廷燕居外出、各其服あるべし。朝廷は天下の礼義相定まり、君臣敬み守るの地也。分を守て乱るべからず。燕居して人に不交時は、褻の衣と号して私居の服あり。是は人に対面せぬ内宮に入ての服也。又朋友に会しては別なるべし。度々に衣服改ためんことも、ことわづらはしきに似たりといへども、礼服を常に着せんは、礼を軽んずるの失あり。褻の衣を着て人に交らんは、彼を侮るに同じ。且己れが威儀を以て下の情をも制して、法とらしむること、上下の道也、是利害を以て云にあらず。褻裘長、短右袂、非衣裳必殺之と云へる、各その服に品々多きを以て也。次に冠婚喪祭賓客饗応軍旅のことに因て、其服其制あるべし。士冠礼に三加の品を出せり、本朝又其礼あり。婚礼に婿婦服の法を出す。尤喪に斬斉衰斉大功緦麻等の制あり。祭に明衣浄衣等あり。賓客饗応に従て、其服の品あるべし。軍旅の容貌戎衣甲冑あり。幷に弓馬に宜しき衣服あり。其服の制一挙不可仕。具に究明して其宜に可従也。
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『山鹿語類』士道・明衣服之制然れば袴褶ともに隋唐の制にして、三代の制に非ず。本朝唐の法にのつとりて此制あつて、褶をひらみと訓して、袴の上に加と注解せり。表袴は礼服束帯の時用之、下袴は下結の時用ゆと、左府の名目に出たり。本朝の衣服も、古を変じて定制分明ならずして、頻りに身に宜を以て此用とす。すべて袴計りにかぎらず。諸の衣服唯便用をことゝして、礼容を学ぶこと非るを以て、其形自夷狄のごとくなりて、威儀更に不明。威儀如此時は心気これにつれて其本を失て、皆捷径を事とす。故に古人衣服の制において其礼を詳にして、若し非服を着するものあれば、次にこれを改めて、其威儀の過不及を論ぜる也。
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『山鹿語類』士道・明衣服之制本朝衣服令、皆唐の制に准せり。故に袴の制又是にまたがへり。文献通考一百十二に曰、唐徳宗貞元十五年、膳部郎中帰崇敬以百官朔望朝服袴非古礼、上疏云、按三代典礼、両漢史藉、並無袴褶之制、亦未詳所起之由、由隋代以来、始有服者、請罷之、詔可。馬端臨曰、袴褶魏晋以来、以為車駕親戎中外戒厳之服、晋制雖有其説、而不言其制、然既曰戒厳服之、必戎服也、至隋煬帝時、巡游無度、詔百官従行服褶袴、軍旅間不便、遂令改服戎衣、為紫緋緑青之服、則所謂袴褶者、又似是褻衣、長袴非鞍馬征行所便者、与戒厳之説不類。韻書訓褶為袴、又為袷也。然袴裳也、袷衣之交領也、則不知所謂袴褶者一物乎二物乎、唐褶服志、群臣服条内有緋褶大口袴、則似是二物、然不知所謂緋褶者衣乎裳乎、云々。
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