山鹿語類 / 士道・節飮食之用
世俗の學者此わきまへを不知して、志きりに儉約を事とし、つへに利害に陷りて財寳を山の如くつむに至れり。而して唐堯の藜藿のあつもの、夏禹の非飮食を以て證とす。尤可笑。唐堯は少昊顓頊の末に出て、末世の草味に業を立て玉ふて、飮食の制も詳なるべからず。夏禹は洪水を治め天下いまだ其功をはらざることあるを以て、身を奉ずること薄くして、其費を天下の大功に省けり。各輕重因る所、甚だ其理あり。周に至て文質ともに相とゝのひ、衣食居の制尤處を得、食膳の法、八珍の制、ともにそなはれり。是歷代の損益に非ずや。其わきまへを不知して、天下國家に事あり、財產府庫に充て、位祿相應の飮食を不用は、是身をいためて庫を富ます也。君子の不用處也。
新字:世俗の学者此わきまへを不知して、志きりに倹約を事とし、つへに利害に陥りて財宝を山の如くつむに至れり。而して唐堯の藜藿のあつもの、夏禹の非飲食を以て証とす。尤可笑。唐堯は少昊顓頊の末に出て、末世の草味に業を立て玉ふて、飲食の制も詳なるべからず。夏禹は洪水を治め天下いまだ其功をはらざることあるを以て、身を奉ずること薄くして、其費を天下の大功に省けり。各軽重因る所、甚だ其理あり。周に至て文質ともに相とゝのひ、衣食居の制尤処を得、食膳の法、八珍の制、ともにそなはれり。是歴代の損益に非ずや。其わきまへを不知して、天下国家に事あり、財産府庫に充て、位禄相応の飲食を不用は、是身をいためて庫を富ます也。君子の不用処也。
書き下し
世俗の学者此わきまへを不知して、志きりに倹約を事とし、つへに利害に陥りて財宝を山の如くつむに至れり。而して唐堯の藜藿のあつもの、夏禹の非飲食を以て証とす。尤可笑。唐堯は少昊顓頊の末に出て、末世の草味に業を立て玉ふて、飲食の制も詳なるべからず。夏禹は洪水を治め天下いまだ其功をはらざることあるを以て、身を奉ずること薄くして、其費を天下の大功に省けり。各軽重因る所、甚だ其理あり。周に至て文質ともに相とゝのひ、衣食居の制尤処を得、食膳の法、八珍の制、ともにそなはれり。是歴代の損益に非ずや。其わきまへを不知して、天下国家に事あり、財産府庫に充て、位禄相応の飲食を不用は、是身をいためて庫を富ます也。君子の不用処也。
現代語訳
世間の学者はこのわきまえを知らずに、ひたすら倹約を事として、ついには損得に陥って財宝を山のように積むに至った。そして唐堯(伝説の聖王堯)の藜や豆の葉の吸い物、夏禹(禹王)の粗末な飲食を証拠とする。まことに笑うべきことである。唐堯は少昊・顓頊の後に出て、まだ世が開けきらない時代に事業を立てられたので、飲食の定めも詳しくはなかったはずである。夏禹は洪水を治め、天下がまだその功を終えていなかったので、自分の身を養うことを薄くして、その費用を天下の大きな功業に回した。それぞれ軽重のよるところがあって、はなはだ道理がある。周に至って文と質がともに整い、衣食住の定めが最もよくそのところを得て、食膳の法、八珍の定めがともに備わった。これは歴代の損益(時代に応じた増減)ではないか。そのわきまえを知らずに、天下国家に事があっても財産が府庫に満ちているのに、位禄に相応した飲食を用いないのは、身を痛めて蔵を富ますことである。君子の用いないところである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『山鹿語類』士道・嚴居宅之制学者此わきまへを不知して、古の聖世皆倹約を用ゆ。史記曰。堯之有天下也。堂高三尺。釆椽不劉。茅茨不剪。論語曰。子曰。禹吾無間然矣。卑宮室而尽力乎溝洫と出たり。是居宅を不用、唯徳をつとむるにあり。居宅はあるにまかすべしと云へり。甚不究其理して文に泥むゆゑ也。身いかんしてか修まり、徳いかんしてか発すべきとならば、衣食居の用において其効し明白也。居宅に心を入て身ををさめ徳をすつべきと云にあらず。徳行は五倫に交はり、身の動静にあり。五倫に交るに衣食居かくる処なし。身の動静又これを不離。故によく分をはかりて其制を聖人の心にまかせ、過不及の失なからしめて、爰に威儀立ぬべし。堯の時に中て、世の草昧未遠。其制作未及家宅。家宅をすつるにあらず。未だ其重き方に制作すべきこと多ければ也。禹又しかり。水ををさめ民にいとまなきを以て、宮室の美に不及也。
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『山鹿語類』士道・嚴居宅之制今天下既に泰山の安にあり。百工不及処なく、国に溝洫の力をつくすべきあらずして、天子諸侯皆堯の行跡を学ばんとならば、時こゝにたがへり。何ぞ用るに足らん。堯禹を今に出さしめば、各宮室の制をいよやかにして、天子諸侯の威儀を明かにすべし。しかりと云て居宅の分に過ぎて財をついやし民を苦しめなんことは、彼の秦の阿房、隋の離宮にして、不亡ばあらず。故に聖人其奢を戒しむ。其言を不心得口にまかせて弁をなさんことは、腐儒末学のさたにして、君子の貴ぶ所にあらず。居宅の制尤可慎也。本朝営繕令を選んで唐の例に准し、天下の営作を糾明す。而して後世々に制法を立て其式を定むといへども、やゝもすれば過奢にいたり、吝情に過て、其制道に中らず。君子大丈夫唯聖人所定の本を心とし、時の制に准して、自気をうつし、其非僻の心をさるべき也。すべて家宅につれて所用の諸器ともに其制たがふもの也。聊ゆるかせに不可仕也。或は人の目を悦ばしめ、或は遊宴をことゝせんことは、皆聖人の心にあらざる也。
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『山鹿語類』士道・節飮食之用次に飲食の制あり。其人の俸禄官位に従て、各相定まる処の飲食を制すべし。位高く禄厚き人は、上品の食を以て養とす。中下各これにしたがふべし。其間分限より倹するにあるべし。過奢は限りなきものにして、多くの費あれば也。王制曰、諸侯無故不殺牛、大夫無故不殺羊、士無故不殺犬豕、庶人無故不食班、謂敬祭饗と云。是人の位によつて其飲食の制あつて、その間倹を用る也。周礼に、天子羞用百二十品と云へり。又公食大夫礼燕礼、皆以て可考。
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『墨子』節用中古者、聖王、制して飲食の法を為りて曰く、「虚を充たし氣を繼ぎ、股肱を强くし、耳目を聰明にするに足れば、則ち止む」と。五味の調え、芬香の和を極めず、逺國の珍恢異物を致さず。何を以て其の然るを知るや。古者、堯、天下を治むるや、南は交趾を撫し、北は幽都を降し、東西は日の出入する所に至るまで、賓服せざる莫し。其の厚愛に至るを建つるも、黍稷は二にせず、羮胾は重ねず、土㙧に飲み、土硎に啜り、斗以て酌む。俛仰周旋、威儀の禮は、聖王、為さず。
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『童子問』卷中問ふ。斑固盛んに文帝の倹を称す。古の王者も、亦倹を尚ぶか。曰く、王道は倹を以て本と為す。蓋し奢れば則ち給らず、倹なれば則ち贏り有り。以て我の有余を以て、人人の不足を拯ふべし。己苟も足らずんば、則ち安んぞ能く人の不足を補はん。伝に称す、堯は土階三尺、茅茨剪らず、采椽断たず、監門の食と雖も飽かず、と。未だ必ずしも其の言のごとくならずと雖も、然れども此に由りて以て堯の倹徳を見るべし。孔子曰く、禹は吾間然すること無し。飲食を菲くして、孝を鬼神に致し、衣服を悪しくして、美を黻冕に致し、宮室を卑くして、力を溝洫に尽くす、と。古先の聖王は皆躬自ら倹を務むる者は、蓋し民を養ふの本を植うるなり。故に王道は倹を以て本と為す。文帝紀を観るに、今年の田租の半ばを賜ふと書する者二、田の租税を除くと書する者一。豈に帝躬ら節倹を務めて、軽々しく天下の財を用ひざるの験に非ずや。斯の時に於て、天下富庶にして、黎民乂安し、漢家四百年の国祚を延長せしは、皆文帝の節倹を務めし効なり。
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『山鹿語類』士道・節飮食之用士その位なく其禄微にして、又食の味をこのまんことは、是大丈夫の質にあらず。飲食においても猶忍ぶことを不得ば、何を以てか忍ぶことを可得や。孔子の士の志於道して悪衣悪食を耻るをば、ともに議るに不足との玉ふ。顔淵は一箪の食一瓢の飲にして、不改其楽を嘆美し玉ふこと、是各其分にやすんずれば也。宋の汪信民嘗言、人常咬得菜根、則百事可做、胡文定公聞之、撃節嘆賞すと云へるは、人皆飲食を好むこと分に過ぎて、志きりに奇味をなす、こゝにおいて口味に耽り、体常にゆるやかにして、大丈夫の志日を逐てむなし、是飲食に節を失て、位禄豊大なる輩却て疎食し、微官貧乏の輩は好味を翫ぶのあやまりあれば也。孟子曰、飲食之人、則人賤之矣、為其養小失大也とは、此心なるべし。
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