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山鹿語類 / 士道・志氣

師嘗曰。志氣と云は、大丈夫の志す處の氣節を云へり。大丈夫たらんもの、少しき處に志を置くときは、其所爲其所學皆至て微にして、大なる器にあらざるなり。道に志すときは、管仲晏子が輩の功烈、猶不足爲と思ふは、曾子、孟子の志氣也。若し小成に安んじて、氣節の全き處を不得ときは、器常に瑣細にして、器識の大用を不知也。後漢の趙溫は、大丈夫當雄飛、安能雌伏と云、陳蕃は、大丈夫處世、當掃除天下、安事一室と云へり。梁竦は、大丈夫生當封侯、死當廟食と云、班超は大丈夫立功異域以取封侯、安能又事筆硯間と云、唐の李靖常に曰、大丈夫遭遇要當以功名取富貴、何至作章句儒、馬燧云、天下有事、丈夫當以功濟四海、渠老一儒哉、北朝の高昂は毎に云へり、男兒當橫行天下自取富貴、誰能端坐讀書作老博士也。是等の言各其趣向に弊あつて、格言と云べからざれども、大丈夫の氣節其高尙ならんことは、如此にすゝぎあげたる如くあらざれば、必ず小事に屈して、一大事をなすことを不得也。

新字:師嘗曰。志気と云は、大丈夫の志す処の気節を云へり。大丈夫たらんもの、少しき処に志を置くときは、其所為其所学皆至て微にして、大なる器にあらざるなり。道に志すときは、管仲晏子が輩の功烈、猶不足為と思ふは、曽子、孟子の志気也。若し小成に安んじて、気節の全き処を不得ときは、器常に瑣細にして、器識の大用を不知也。後漢の趙温は、大丈夫当雄飛、安能雌伏と云、陳蕃は、大丈夫処世、当掃除天下、安事一室と云へり。梁竦は、大丈夫生当封侯、死当廟食と云、班超は大丈夫立功異域以取封侯、安能又事筆硯間と云、唐の李靖常に曰、大丈夫遭遇要当以功名取富貴、何至作章句儒、馬燧云、天下有事、丈夫当以功済四海、渠老一儒哉、北朝の高昂は毎に云へり、男児当横行天下自取富貴、誰能端坐読書作老博士也。是等の言各其趣向に弊あつて、格言と云べからざれども、大丈夫の気節其高尚ならんことは、如此にすゝぎあげたる如くあらざれば、必ず小事に屈して、一大事をなすことを不得也。

書き下し

師嘗曰。志気と云は、大丈夫の志す処の気節を云へり。大丈夫たらんもの、少しき処に志を置くときは、其所為其所学皆至て微にして、大なる器にあらざるなり。道に志すときは、管仲晏子が輩の功烈、猶不足為と思ふは、曽子、孟子の志気也。若し小成に安んじて、気節の全き処を不得ときは、器常に瑣細にして、器識の大用を不知也。後漢の趙温は、大丈夫当雄飛、安能雌伏と云、陳蕃は、大丈夫処世、当掃除天下、安事一室と云へり。梁竦は、大丈夫生当封侯、死当廟食と云、班超は大丈夫立功異域以取封侯、安能又事筆硯間と云、唐の李靖常に曰、大丈夫遭遇要当以功名取富貴、何至作章句儒、馬燧云、天下有事、丈夫当以功済四海、渠老一儒哉、北朝の高昂は毎に云へり、男児当横行天下自取富貴、誰能端坐読書作老博士也。是等の言各其趣向に弊あつて、格言と云べからざれども、大丈夫の気節其高尚ならんことは、如此にすゝぎあげたる如くあらざれば、必ず小事に屈して、一大事をなすことを不得也。

現代語訳

先生はかつてこう言われた。志気というのは、大丈夫が志すところの気節を言う。大丈夫たる者が小さなところに志を置くときは、そのすること学ぶことがみなきわめて微小で、大きな器ではない。道に志すときは、管仲や晏子(いずれも斉の名宰相)のような者の功績でさえ、なお取るに足りないと思うのは、曾子や孟子の志気である。もし小さな成功に安んじて、気節の全きところを得ないときは、器が常に細かく小さくて、器量と見識の大きなはたらきを知らない。後漢の趙温は「大丈夫は雄々しく飛ぶべきで、どうして雌のように伏していられようか」と言い、陳蕃は「大丈夫が世に処するには、天下を掃き清めるべきで、どうして一部屋のことにかかずらおうか」と言った。梁竦は「大丈夫は生きては諸侯に封ぜられ、死しては廟に祀られるべきだ」と言い、班超は「大丈夫は異国で功を立てて諸侯に封ぜられるべきで、どうしていつまでも筆と硯の間に仕えていられようか」と言い、唐の李靖は常に「大丈夫は時に遇えば功名によって富貴を取るべきで、どうして章句の儒者などになろうか」と言い、馬燧は「天下に事があれば、丈夫は功によって四海を救うべきで、一介の儒者として老いてよかろうか」と言い、北朝の高昂は常に「男子は天下を横行して自ら富貴を取るべきだ。誰が端座して書を読み、老博士になどなれようか」と言った。これらの言葉はそれぞれその向かうところに弊があって、格言とは言えないけれども、大丈夫の気節が高く尚いものであるには、このように洗い上げたようでなければ、必ず小事に屈して、一大事を成すことができないのである。

解説

志気とは志の向かう気節の高さである。素行は、管仲や晏子の功績すら物足りないとした曾子・孟子の志を理想に掲げ、続いて趙温・陳蕃・班超・李靖ら中国の豪傑の言葉を並べる。功名や富貴を求め書物を軽んじるその言葉は格言とは言えないと断りつつも、そのくらい志を洗い上げなければ小事に屈すると認める。弊を承知で気概の高さを評価する素行の書きぶりには、武士の覇気を儒学の枠に収めきらない率直さがある。小さな成功で満足しかけたとき読み返したい一節である。

この章句が説くこと

士道志気気節大丈夫器識小成

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