和俗童子訓 / 巻之五・教女子法
故に女は常に夫を敬ひ畏れて、愼み事ふべし。夫に賤められ責めらるゝは、我が心より出でたる恥なり。三曰、こじうとこじうとめは、夫の兄弟なれば、情深くすべし。又こじうと、こじうとめに謗られ惡まるれば、しうとの心に背きて、我が身の爲にもよからず。睦じく和睦すれば、しうとの心にかなふ。然ればこじうとの心も亦失ふべからず。又あひよめを親しみ睦じくすべし。殊に夫の兄嫁はあつく敬ふべし。あひよめは我が姉と同じくすべし。座につくも、道を行くも、へり下り後れて行くべし。四曰、嫉妬の心、ゆめゆめおこすべからず。夫淫行あらば諫むべし、怒り恨むべからず。嫉妬甚しければ、其氣色言葉もおそろしく、すさまじくして、かへりて夫に疎まれ、すさめらるゝものなり。
新字:故に女は常に夫を敬ひ畏れて、慎み事ふべし。夫に賤められ責めらるゝは、我が心より出でたる恥なり。三曰、こじうとこじうとめは、夫の兄弟なれば、情深くすべし。又こじうと、こじうとめに謗られ悪まるれば、しうとの心に背きて、我が身の為にもよからず。睦じく和睦すれば、しうとの心にかなふ。然ればこじうとの心も亦失ふべからず。又あひよめを親しみ睦じくすべし。殊に夫の兄嫁はあつく敬ふべし。あひよめは我が姉と同じくすべし。座につくも、道を行くも、へり下り後れて行くべし。四曰、嫉妬の心、ゆめゆめおこすべからず。夫淫行あらば諫むべし、怒り恨むべからず。嫉妬甚しければ、其気色言葉もおそろしく、すさまじくして、かへりて夫に疎まれ、すさめらるゝものなり。
書き下し
故に女は常に夫を敬ひ畏れて、慎み事ふべし。夫に賤められ責めらるるは、我が心より出でたる恥なり。三曰、こじうとこじうとめは、夫の兄弟なれば、情深くすべし。又こじうと、こじうとめに謗られ悪まるれば、しうとの心に背きて、我が身の為にもよからず。睦じく和睦すれば、しうとの心にかなふ。然ればこじうとの心も亦失ふべからず。又あひよめを親しみ睦じくすべし。殊に夫の兄嫁はあつく敬ふべし。あひよめは我が姉と同じくすべし。座につくも、道を行くも、へり下り後れて行くべし。四曰、嫉妬の心、ゆめゆめおこすべからず。夫淫行あらば諫むべし、怒り恨むべからず。嫉妬甚しければ、其気色言葉もおそろしく、すさまじくして、かへりて夫に疎まれ、すさめらるるものなり。
現代語訳
ですから女性は、いつも夫を敬い恐れて、慎んで仕えなさい。夫に卑しめられ責められるのは、自分の心から出た恥です。三に言う。小舅・小姑は夫の兄弟姉妹ですから、情け深くしなさい。また小舅・小姑に謗られ憎まれると、舅・姑の心に背いて、自分のためにもよくありません。仲良く和やかにすれば、舅・姑の心にかないます。ですから小舅・小姑の心もまた失ってはなりません。また相嫁(夫の兄弟の妻)とも親しみ睦まじくしなさい。特に夫の兄嫁は厚く敬いなさい。相嫁は自分の姉と同じようにしなさい。座につくにも道を行くにも、へりくだって後から行きなさい。四に言う。嫉妬の心は決して起こしてはなりません。夫に淫らな行いがあれば諫めなさい。怒り恨んではなりません。嫉妬がはなはだしければ、その顔色も言葉も恐ろしく、すさまじくなって、かえって夫に疎まれ嫌われるものです。
解説
この章句が説くこと
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史記 白起王翦列伝韓・趙恐れ、蘇代をして幣を厚くして秦の相応侯に説かしめて曰く、「武安君は馬服子を禽にせるか」と。曰く、「然り」と。また曰く、「即ち邯鄲を囲まんとするか」と。曰く、「然り」と。「趙亡びば則ち秦王は王たらん、武安君は三公と為らん。武安君の秦の為に戦ひ勝ち攻め取る所の者は七十余城、南のかた鄢・郢・漢中を定め、北のかた趙括の軍を禽にす。周・召・呂望の功と雖もこれに益さず。今、趙亡びて、秦王王たらば、則ち武安君必ず三公と為らん。君能くこれが下と為らんか。これが下と為るを欲すること無しと雖も、固より已むを得ざらん。秦嘗て韓を攻め、邢丘を囲み、上党を困しむ。上党の民皆反りて趙の為にす。天下の秦の民たるを楽しまざるの日久し。今、趙を亡ぼさば、北地は燕に入り、東地は斉に入り、南地は韓・魏に入らん、則ち君の得る所の民は幾何人も亡し。故に因りてこれを割かしめ、以て武安君の功と為すこと無きに如かず」と。是に於いて応侯、秦王に言ひて曰く、「秦の兵労る、請ふ韓・趙の地を割きて以て和するを許し、且つ士卒を休めん」と。王これを聴き、韓の垣雍・趙の六城を割きて以て和す。正月、皆兵を罷む。武安君これを聞き、是に由りて応侯と隙有り。
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尚書・秦誓人の技有るや、己に之有るが若くし、人の彥聖なるや、其の心之を好む。
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史記 司馬穰苴列伝已にして大夫鮑氏・高・国の属之を害み、景公に譖る。景公、穰苴を退く。苴、疾を発して死す。田乞・田豹の徒、此れに由り高・国等を怨む。其の後、田常の簡公を殺すに及び、尽く高子・国子の族を滅ぼす。常の曾孫和に至り、因りて自立して斉の威王と為り、兵を用ゐ威を行ふに、大いに穰苴の法に放ひ、而して諸侯斉に朝す。
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史記 孫子呉起列伝孫武既に死し、後百余歳して孫臏有り。臏は阿・鄄の間に生まる。臏も亦た孫武の後世の子孫なり。孫臏嘗て龐涓と倶に兵法を学ぶ。龐涓既に魏に事へ、恵王の将軍と為るを得たり。而れども自ら以為らく、能は孫臏に及ばず、と。乃ち陰かに孫臏を召さしむ。臏至り、龐涓、其の己より賢なるを恐れ、之を疾む。則ち法刑を以て其の両足を断ちて之を黥し、隠れて見る勿らんことを欲す。
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史記 老子韓非列伝人或いは其の書を伝へて秦に至る。秦王、孤憤・五蠹の書を見て曰く、「嗟乎、寡人此の人を見、之と游ぶを得ば、死すとも恨みじ」と。李斯曰く、「此れ韓非の著す所の書なり」と。秦因りて急に韓を攻む。韓王、始め非を用ゐず、急なるに及び、乃ち非を遣り秦に使ひせしむ。秦王之を悦ぶも、未だ信用せず。李斯・姚賈之を害み、之を毀りて曰く、「韓非は韓の諸公子なり。今王、諸侯を并せんと欲するに、非は終に韓の為にして秦の為にせず、此れ人の情なり。今王用ゐずして久しく留めて之を帰すは、此れ自ら患ひを遺すなり。過法を以て之を誅するに如かず」と。秦王、以て然りと為し、吏に下して非を治む。李斯、人をして非に薬を遺らしめ、自殺せしむ。韓非、自ら陳べんと欲するも、見ゆるを得ず。秦王後に之を悔い、人をして之を赦さしむるに、非已に死せり。申子・韓子皆書を著し、後世に伝はり、学ぶ者多く有り。余独り韓子の説難を為りて自ら脱する能はざりしを悲しむのみ。
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