尚書 / 秦誓
人之有技,若己有之;人之彥聖,其心好之
書き下し
人の技有るや、己に之有るが若くし、人の彥聖なるや、其の心之を好む。
現代語訳
他人に才能があれば、まるで自分にその才能があるかのように喜び、他人が優れて聡明であれば、心からそれを好ましく思う。
解説
他人の才能や優秀さを目にしたとき、そこにすぐ嫉妬や比較の感情が湧くのが人の常だが、この一節が語るのは正反対の在り方である。まるで自分のことのように他人の良さを喜べる心は、簡単には身につかないが、それができる人の周りには自然と人が集まってくる。誰かの活躍を素直に喜べたときの自分の心の軽さを、思い出してみるとよい。比べる心を手放すほど、人間関係は穏やかになっていく。
この章句が説くこと
嫉妬寛容共感
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