和俗童子訓 / 巻之二・総論下
一人の善惡は、多くはならひなるゝによれり。善に習ひなるれば善人となり、惡に習ひなるれば惡人となる。然れば幼き時より、習ひなるゝ事を愼むべし。假にも惡しき友に交れば、ならひて惡しき方に早く移り易し。恐るべし。
新字:一人の善悪は、多くはならひなるゝによれり。善に習ひなるれば善人となり、悪に習ひなるれば悪人となる。然れば幼き時より、習ひなるゝ事を慎むべし。仮にも悪しき友に交れば、ならひて悪しき方に早く移り易し。恐るべし。
書き下し
一人の善悪は、多くはならひなるるによれり。善に習ひなるれば善人となり、悪に習ひなるれば悪人となる。然れば幼き時より、習ひなるる事を慎むべし。仮にも悪しき友に交れば、ならひて悪しき方に早く移り易し。恐るべし。
現代語訳
人の善悪は、多くは習い慣れることによります。善に習い慣れれば善人となり、悪に習い慣れれば悪人となります。ですから幼い時から、習い慣れることを慎みなさい。かりそめにも悪い友と交われば、それに習って悪い方へ早く移りやすいのです。恐るべきことです。
解説
人の善悪は習い慣れで決まる、という益軒の教育観を簡潔に述べた条です。論語陽貨篇の「性相近し、習ひ相遠し」を下敷きにしており、生まれつきの差より、何に慣れ親しむかの差が大きいという考えです。だから幼い時から慣れ親しむものを慎み、悪い友を避けよと言います。本書で何度も繰り返される主題ですが、短い言葉で言い切られているので覚えやすい条です。毎日の小さな習慣が人柄を作るという考えは、家庭の生活習慣や職場の文化づくりにもそのまま当てはまります。
この章句が説くこと
習慣善悪友教育性
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