和俗童子訓 / 巻之二・総論下
一小兒の時は、必惡しき癖、惡しきならはしなど有るを、自ら惡しき事と知らば、改めて行ふべからず。又かゝる惡しき事を、人の諫にあひ戒められば、悅んで早く改め、後年まで永く其事をなすべからず。一たび人の諫めたる事は、永く心にとゞめて忘るべからず、人の諫を受けながら改めず、やがて忘るゝは、守なしと云ふべし。守なき人は、善き人となり難し。況や人の諫をきらひ怒り、恨むる人はさらなり。人の諫を聞かば、悅んで受くべし。必怒り背くべからず。諫を聞きて、もし悅んで受くる人は善人なり。能く家を保つ。諫をきらひふせぐ人は、必家を破る。是善惡の分るゝ所なり。諫むる事、理に違ひたりとも、背きて爭ふべからず。諫を聞きて怒れば、重ねて其人諫を言はず。凡諫を聞くは、大に身の益なり。諫を聞きて、悅んで受け、我が過を改むるは、善是より大なるはなし。人の惡事多けれど、諫を嫌ふは、惡のいと大なるなり。我が身の惡しき事を知らせ、あやまちを諫むる人は、尊み親むべし。わづかなる食物など送るをだに、悅ぶならひなり。況や諫を言ふ人は、甚悅び尊ぶべし。
新字:一小児の時は、必悪しき癖、悪しきならはしなど有るを、自ら悪しき事と知らば、改めて行ふべからず。又かゝる悪しき事を、人の諫にあひ戒められば、悦んで早く改め、後年まで永く其事をなすべからず。一たび人の諫めたる事は、永く心にとゞめて忘るべからず、人の諫を受けながら改めず、やがて忘るゝは、守なしと云ふべし。守なき人は、善き人となり難し。況や人の諫をきらひ怒り、恨むる人はさらなり。人の諫を聞かば、悦んで受くべし。必怒り背くべからず。諫を聞きて、もし悦んで受くる人は善人なり。能く家を保つ。諫をきらひふせぐ人は、必家を破る。是善悪の分るゝ所なり。諫むる事、理に違ひたりとも、背きて争ふべからず。諫を聞きて怒れば、重ねて其人諫を言はず。凡諫を聞くは、大に身の益なり。諫を聞きて、悦んで受け、我が過を改むるは、善是より大なるはなし。人の悪事多けれど、諫を嫌ふは、悪のいと大なるなり。我が身の悪しき事を知らせ、あやまちを諫むる人は、尊み親むべし。わづかなる食物など送るをだに、悦ぶならひなり。況や諫を言ふ人は、甚悦び尊ぶべし。
書き下し
一小児の時は、必悪しき癖、悪しきならはしなど有るを、自ら悪しき事と知らば、改めて行ふべからず。又かかる悪しき事を、人の諫にあひ戒められば、悦んで早く改め、後年まで永く其事をなすべからず。一たび人の諫めたる事は、永く心にとどめて忘るべからず、人の諫を受けながら改めず、やがて忘るるは、守なしと云ふべし。守なき人は、善き人となり難し。況や人の諫をきらひ怒り、恨むる人はさらなり。人の諫を聞かば、悦んで受くべし。必怒り背くべからず。諫を聞きて、もし悦んで受くる人は善人なり。能く家を保つ。諫をきらひふせぐ人は、必家を破る。是善悪の分るる所なり。諫むる事、理に違ひたりとも、背きて争ふべからず。諫を聞きて怒れば、重ねて其人諫を言はず。凡諫を聞くは、大に身の益なり。諫を聞きて、悦んで受け、我が過を改むるは、善是より大なるはなし。人の悪事多けれど、諫を嫌ふは、悪のいと大なるなり。我が身の悪しき事を知らせ、あやまちを諫むる人は、尊み親むべし。わづかなる食物など送るをだに、悦ぶならひなり。況や諫を言ふ人は、甚悦び尊ぶべし。
現代語訳
子どもの時は、必ず悪い癖や悪い習わしなどがあるものですが、自分で悪いことだと知ったら、改めて行ってはなりません。またそのような悪いことを人から諫められ戒められたら、喜んで早く改め、後年まで長くそのことをしてはなりません。一度人に諫められたことは、長く心にとどめて忘れてはなりません。人の諫めを受けながら改めず、やがて忘れてしまうのは、守りがないと言うべきです。守りのない人は、善い人にはなりにくいのです。まして人の諫めを嫌い、怒り、恨む人はなおさらです。人の諫めを聞いたら、喜んで受けなさい。決して怒って背いてはなりません。諫めを聞いて喜んで受ける人は善人です。よく家を保ちます。諫めを嫌って拒む人は、必ず家を破ります。これが善悪の分かれるところです。諫めることが道理に違っていても、背いて争ってはなりません。諫めを聞いて怒れば、その人は二度と諫めを言いません。およそ諫めを聞くのは、大いに身の益です。諫めを聞いて喜んで受け、自分の過ちを改めるのは、これより大きな善はありません。人の悪事は多いけれども、諫めを嫌うのは、とても大きな悪です。自分の悪いところを知らせ、過ちを諫めてくれる人は、尊び親しみなさい。わずかな食べ物を贈られてさえ喜ぶのが習いです。まして諫めを言ってくれる人は、大いに喜び尊ぶべきです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『大和俗訓』巻之五・言語一わが善をば隠して、みづから誉むべからず。人の善をばあらはして誉むべし。わがあやまりをば飾るべからず。あらはして改むべし。人の過をばあらはすべからず。おほひかくすべし。一わが身にいかなる才能善行ありとも、口に出してほこるべからず。其才能にほこれば、其才能をうしなひ、其善行にほこれば、其善行を失ふ。をしむべし。
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『君子訓』巻之中舜の時、敢諫の鼓あり。君を諫めんと思ふ者、其鼓を打てば、官人出合ひて是を聞きて、帝に奏聞す。此事大戴礼に見えたり。殷の湯王は聖人なり。然るに其賢臣仲虺と言ひし人、湯王の徳を誉めて、過を改めて吝ならずといへり。仲虺湯王を戒めて、自ら用ふれば小しきなりといへり。自ら用ふるとは、我が才を自慢して、人の言を用ひざるをいふ。古の聖王すら、過を改め人の諫を聞き用ひ給ふ事かくの如し。況や聖人ならざる人、諫を受けて過を改めずんばあるべからず。諫を聞くに、たとひ人我が過を告げたるは、其言当らずとも、皆受入るべし。如斯なれば、人諫を言ひ易くして、我が過を聞くこと多し。もし我が過なきを言立て、逆らひ争へば、重ねて告げ聞する人なし。
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『大和俗訓』巻之一・為学上一学ぶ人は、唯我が知のくらく、我が徳のすすまざる事をうれふべし。われに学問才智技芸ありとも、我を知ありとし、我が才にほこる心あるべからず。人各知あり、又長ずる所あり。人をおろかにし侮るべからず。諫をふせぎ、我を是とすべからず。己が不善をすてて人の善にしたがひ、人の善を用ひて我が身に行ふべし。我を知ありとするものは悪徳なり、いましむべし。其愚を知るものは大愚にあらず。其過を知るものは大なる過なし。故に高慢にして己をゆるすものは、必愚人なり。いかんとなれば、自ら知るの明なく、知をひらき善にすすむの基なくして、終に愚にてをはる。人をあなどる者は、必天のとがめあり、人のせめあり、人をそしる者は、必人にそしらる。
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『益軒家訓』聖学須勤凡人たるものは、聖人の教を貴び受け、強く志を立て、人の道を学び知り、勤め行ひて君子とならん事を思ひ、常に心にかけて怠るべからず。これ聖学に志すの道なり。其学問の法は、書を読み古を考へ、人に問ひ己におもひ、人の諫いましめを聴用ひ、常に我が身を顧て、我が愚なる事を知り、わが不善なる事を知り、わが過を改めて善にうつるべし。君子の過ちや日月の食の如し、過つや人皆之を見、更むるや人皆之を仰ぐ。また小人の過つや、かならず文る。過をはぢて蔽ひかくすは小人の心なり、甚卑し。古語に聖人に非ずんば誰か能く過ち無からん、過ちて能く改むる、善焉より大なるは莫しといへり。仮にも我を智ありとし、善也と思ふべからず。わが身のちからをたのみて、人を愚なりとし、侮るべからず。諫を拒ぎ、我を是とすべからず。
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『慎思録』巻之一人の性は多く偏る。聖人に非ざるよりは、免れ難き所なり。性の偏る処は、乃ち過ちの生ずる所なり。故に賢者と雖も、過ち無きこと能はず。苟も自ら修省すること能はざれば、則ち其の言行の過たざる者寡し。且つ衆人の心は、多く壅蔽して偏狭なり。故に学者は多く見多く聞き、問ふことを好み人に取り、過ちを聞きて諫めを納るるを貴ぶ。徒らに己が見を執りて自ら是とするを貴ばず。
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『慎思録』巻之四堯舜湯武の天下に王たるや、其の政治豈に過失有らんや。然れども堯に敢諫の鼓有り、舜に誹謗の木有り、湯に司過の士有り、武王に戒慎の鞀有り。猶ほ自ら其の過ちを知ること能はざらんことを恐る。且つ其の臣に禹稷契皐陶伊尹萊朱周公太公望散宜生の諸聖賢有りて、輔相無しと為さず。然れども其の広く其の過ちを聞知せんと欲すること此の如し。今の学者の如きも、亦た当に博く聞き広く覧ることを要すべし。己の見を主として、其の聡明を掩蔽すべからず。
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