十善法語 / 巻第五・不綺語戒
又晉ノ劉現ガ晋陽ニ在テ胡騎ニ圍レシトキ。月夜ニ城樓ノ上ニ登テ嘯ク。胡人ガ聞テミナ凄凄トシテ嘆ス。中夜ニ至テ胡笳ヲ奏ス。胡人カ聞テ皆涙ヲ流シテ鄕國ノ懷ヲ起シ。終ニ圍ヲ解キ去シトアル。此ニ由テ見レハ。聲韻ヲ以テ敵ヲ退ケ國ヲ全スルモ。アルヘキ理シヤ。樂師伶人ニテ云ハハ。此聲韻ニ由テ道ニ入ヘシ。未タ道ニ至ラストモ。心ヲ專一ニ用ヒハ。天ヨリ分付スルトコロノ實ノ樂ヲ得ヘシ。狂言綺語トハ違フシヤ。
新字:又晋ノ劉現ガ晋陽ニ在テ胡騎ニ囲レシトキ。月夜ニ城楼ノ上ニ登テ嘯ク。胡人ガ聞テミナ凄凄トシテ嘆ス。中夜ニ至テ胡笳ヲ奏ス。胡人カ聞テ皆涙ヲ流シテ郷国ノ懐ヲ起シ。終ニ囲ヲ解キ去シトアル。此ニ由テ見レハ。声韻ヲ以テ敵ヲ退ケ国ヲ全スルモ。アルヘキ理シヤ。楽師伶人ニテ云ハハ。此声韻ニ由テ道ニ入ヘシ。未タ道ニ至ラストモ。心ヲ専一ニ用ヒハ。天ヨリ分付スルトコロノ実ノ楽ヲ得ヘシ。狂言綺語トハ違フシヤ。
書き下し
又晋ノ劉現ガ晋陽ニ在テ胡騎ニ囲レシトキ。月夜ニ城楼ノ上ニ登テ嘯ク。胡人ガ聞テミナ凄凄トシテ嘆ス。中夜ニ至テ胡笳ヲ奏ス。胡人カ聞テ皆涙ヲ流シテ郷国ノ懐ヲ起シ。終ニ囲ヲ解キ去シトアル。此ニ由テ見レハ。声韻ヲ以テ敵ヲ退ケ国ヲ全スルモ。アルヘキ理シヤ。楽師伶人ニテ云ハハ。此声韻ニ由テ道ニ入ヘシ。未タ道ニ至ラストモ。心ヲ専一ニ用ヒハ。天ヨリ分付スルトコロノ実ノ楽ヲ得ヘシ。狂言綺語トハ違フシヤ。
現代語訳
また晋の劉琨が晋陽にいて胡の騎兵に囲まれた時、月夜に城の楼に登って嘯いた。胡人が聞いてみな物寂しく嘆いた。夜半に至って胡笳(胡の笛)を奏した。胡人が聞いてみな涙を流して故郷を懐かしむ思いを起こし、ついに囲みを解いて去った、とある。これによって見れば、声の響きによって敵を退け国を全うするのも、あるべき理である。楽師や伶人で言えば、この声の響きによって道に入るべきである。まだ道に至らなくても、心を専一に用いれば、天から分け与えられた真の楽しみを得るはずである。狂言綺語とは違うのである。
解説

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『武士道』第五章 仁・愛不忍の心・アルカディアの音楽却つて是れ、噌々切々たる琵琶の音の、猛き心を和げ、思を腥風血雨の外に馳せしむるものなりき。希臘の史家ポリビオスの伝ふる所によれば、往古アルカディアに於ては、其厳慄なる風土の、峻峭なる性情を賦与するを融和せんが為、国法として三十歳以上の男子に課するに音楽を以てしたりと云ふ。而して史家は、彼の荒涼なるアルカディア山国の人民の、能く残忍の性より免れたる所以のものは、ひとへに此れを音楽の賜なりとせり。凡そ我国到る処として、武士を教ふるに温雅の質、優美の性を以てせざるは無かりき。薩藩の如きは、わずかに其一例たるに過ぎず。白河楽翁公の、心に映るままを、そこはかと無く婉なる筆に記したるが中に云へることあり、『枕に通ふとも、咎無きものは、花の香、遠寺の鐘、霜夜の虫の音は殊に哀れなり』と。
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