和俗童子訓 / 巻之一・総論上
一子弟を敎ふるには、まづ其交る所の友をえらぶを要とすべし。其子の生れつきよく、父の敎正しくとも、放逸なる無賴の小人に交りて、それと往來すれば、必彼に引そこなはれて惡しくなる。況や其子の性質善からざるをや。古人の語に、年若き子弟、たとひ年を終るまで書を讀まずとも、一日小人に交るべからずと云へり。一年書を讀まざるは、甚惡しけれども、猶それよりも、一日小人に交るは惡しき事となり。是惡しき友の甚害ある事を云へり。人の善惡は、皆友によれり。古語に曰、麻の中なる蓬は、助けざれども自ら直し。又曰、朱に交れば赤し、墨に近づけば黑しといふ事、誠にしかり。若き時は、血氣未だ定らず、見る事聞く事にうつり易きゆゑ、友あしければ、惡にうつる事早し。
新字:一子弟を教ふるには、まづ其交る所の友をえらぶを要とすべし。其子の生れつきよく、父の教正しくとも、放逸なる無頼の小人に交りて、それと往来すれば、必彼に引そこなはれて悪しくなる。況や其子の性質善からざるをや。古人の語に、年若き子弟、たとひ年を終るまで書を読まずとも、一日小人に交るべからずと云へり。一年書を読まざるは、甚悪しけれども、猶それよりも、一日小人に交るは悪しき事となり。是悪しき友の甚害ある事を云へり。人の善悪は、皆友によれり。古語に曰、麻の中なる蓬は、助けざれども自ら直し。又曰、朱に交れば赤し、墨に近づけば黒しといふ事、誠にしかり。若き時は、血気未だ定らず、見る事聞く事にうつり易きゆゑ、友あしければ、悪にうつる事早し。
書き下し
一子弟を教ふるには、まづ其交る所の友をえらぶを要とすべし。其子の生れつきよく、父の教正しくとも、放逸なる無頼の小人に交りて、それと往来すれば、必彼に引そこなはれて悪しくなる。況や其子の性質善からざるをや。古人の語に、年若き子弟、たとひ年を終るまで書を読まずとも、一日小人に交るべからずと云へり。一年書を読まざるは、甚悪しけれども、猶それよりも、一日小人に交るは悪しき事となり。是悪しき友の甚害ある事を云へり。人の善悪は、皆友によれり。古語に曰、麻の中なる蓬は、助けざれども自ら直し。又曰、朱に交れば赤し、墨に近づけば黒しといふ事、誠にしかり。若き時は、血気未だ定らず、見る事聞く事にうつり易きゆゑ、友あしければ、悪にうつる事早し。
現代語訳
子弟を教えるには、まずその交わる友を選ぶことを要としなさい。その子の生まれつきがよく、父の教えが正しくても、放逸な無頼の小人と交わって行き来すれば、必ずその者に引き込まれて悪くなります。ましてその子の性質がよくなければなおさらです。古人の言葉に「年若い子弟は、たとえ一年中書物を読まなくても、一日でも小人と交わってはならない」とあります。一年書物を読まないのはたいへん悪いことだが、それよりも一日小人と交わる方が悪い、というのです。これは悪い友がはなはだ害のあることを言ったものです。人の善悪は皆友によります。古語に「麻の中の蓬は、助けなくても自然にまっすぐ伸びる」とあり、また「朱に交われば赤くなり、墨に近づけば黒くなる」と言うのは、まことにそのとおりです。若い時は血気がまだ定まらず、見ること聞くことに移りやすいので、友が悪ければ悪に移るのも早いのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・奉使晏子將に荊に使いせんとす。荊王之を聞き、左右に謂いて曰く、「晏子は賢人なり。今方に來らんとす。之を辱めんと欲す、何を以てせん。」左右對えて曰く、「其の來るに爲り、臣請う一人を縛りて王を過りて行かしめん。」是に於て荊王晏子と立ちて語る。一人を縛る有り、王を過りて行く。王曰く、「何を爲す者ぞ。」對えて曰く、「齊人なり。」王曰く、「何の坐ぞ。」曰く、「盜に坐す。」王曰く、「齊人固より盜するか。」晏子反顧して之に曰く、「江南に橘有り、齊王人をして之を取りて江北に樹えしむるに、生じて橘と爲らず、乃ち枳と爲る。然る所以は何ぞ。其の土地之をして然らしむるなり。今齊人齊に居りて盜せず、荊に來りて盜す、土地之をして然らしむる無きを得んか。」荊王曰く、「吾子を傷つけんと欲して反りて自ら中れり。」
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論語・衛霊公篇子貢、仁を為すを問う。子曰く、「工、其の事を善くせんと欲すれば、必ず先ず其の器を利くす。是の邦に居るや、其の大夫の賢者に事え、其の士の仁者を友とす。」
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孫子・始計篇天とは、陰陽・寒暑・時制なり。
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「君子の陳・蔡の間に戹するは、上下の交はり無ければなり。」
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孟子・滕文公章句下孟子、戴不勝に謂いて曰く、「子は子の王の善ならんことを欲するか。我明らかに子に告げん。此に楚の大夫有らんに、其の子の齊語せんことを欲すれば、則ち齊人をして諸に傅たらしめんか。楚人をして諸に傅たらしめんか。」曰く、「齊人をして之に傅たらしめん。」曰く、「一齊人之に傅たるも、衆楚人之を咻せば、雖日に撻(むちうつ)ちて其の齊たらんことを求むと雖も、得可からず。引いて之を莊嶽の間に置くこと數年ならば、日に撻ちて其の楚たらんことを求むと雖も、亦た得可からず。子、薛居州を善士と謂い、之をして王の所に居らしむ。王の所に在る者、長幼卑尊、皆薛居州ならば、王は誰と與にか不善を為さん。王の所に在る者、長幼卑尊、皆薛居州に非ざれば、王は誰と與にか善を為さん。一薛居州、獨り宋王を如何せん。」 <語釈> ○「咻」、音はキュウ、義はかまびすしくすること。○「莊嶽」、顧炎武云う、莊は是れ街の名、嶽は是れ里の名。
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『墨子』所染子墨子、染絲する者を見て歎じて言いて曰く、「蒼に染むれば則ち蒼く、黄に染むれば則ち黄なり。入るる所の者變ずれば、其の色も亦た變ず。五たび入れて已に五色と為る。故に染は慎まざる可からざるなり」と。
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