和俗童子訓 / 巻之一・総論上
一小兒の時より、年長ずるに至るまで、父となり、かしづきとなる者、子のすき好む事ごとに心をつけて、えらびて好に任すべからず。好む所に打任せて、善惡をえらばざれば、多くは惡しきすぢに入りて、後はくせとなる。一たび惡しき方にうつりては、取返してよき方にうつらず、いましめても改まらず、一生の間止み難し。故に未だ染まざる內に、早くいましむべし。油斷して、其子の好む所に任すべからず。殊に高家の子は、物事豐かに自由なる故に、好む方に心早くうつり易くして、おぼれ易し。早くいましめざれば、後にそみ入りては、諫め難く、立歸り難し。又惡しからざる事も、勝れて深く好む事は、必害となる。故に子を育つるには、油斷して其好に任すべからず。早くいましむべし。おろそかにすべからず。豫するを先とするは、此故也。
新字:一小児の時より、年長ずるに至るまで、父となり、かしづきとなる者、子のすき好む事ごとに心をつけて、えらびて好に任すべからず。好む所に打任せて、善悪をえらばざれば、多くは悪しきすぢに入りて、後はくせとなる。一たび悪しき方にうつりては、取返してよき方にうつらず、いましめても改まらず、一生の間止み難し。故に未だ染まざる内に、早くいましむべし。油断して、其子の好む所に任すべからず。殊に高家の子は、物事豊かに自由なる故に、好む方に心早くうつり易くして、おぼれ易し。早くいましめざれば、後にそみ入りては、諫め難く、立帰り難し。又悪しからざる事も、勝れて深く好む事は、必害となる。故に子を育つるには、油断して其好に任すべからず。早くいましむべし。おろそかにすべからず。予するを先とするは、此故也。
書き下し
一小児の時より、年長ずるに至るまで、父となり、かしづきとなる者、子のすき好む事ごとに心をつけて、えらびて好に任すべからず。好む所に打任せて、善悪をえらばざれば、多くは悪しきすぢに入りて、後はくせとなる。一たび悪しき方にうつりては、取返してよき方にうつらず、いましめても改まらず、一生の間止み難し。故に未だ染まざる内に、早くいましむべし。油断して、其子の好む所に任すべからず。殊に高家の子は、物事豊かに自由なる故に、好む方に心早くうつり易くして、おぼれ易し。早くいましめざれば、後にそみ入りては、諫め難く、立帰り難し。又悪しからざる事も、勝れて深く好む事は、必害となる。故に子を育つるには、油断して其好に任すべからず。早くいましむべし。おろそかにすべからず。予するを先とするは、此故也。
現代語訳
子どもの時から年長じるまで、父となり世話役となる者は、子の好むことごとに気をつけて、選ばずに好みに任せてはなりません。好む所に任せきりにして善悪を選ばなければ、多くは悪い筋に入り、後には癖になります。一度悪い方へ移ると、取り返してよい方へ移ることはなく、戒めても改まらず、一生の間やみがたいのです。ですからまだ染まらないうちに早く戒めなさい。油断してその子の好む所に任せてはなりません。特に高い家の子は、物事が豊かで自由なので、好む方に心が早く移りやすく、溺れやすいのです。早く戒めなければ、後に染み込んでからでは諫めにくく、立ち返りにくいのです。また悪くないことでも、すぐれて深く好むことは、必ず害になります。ですから子を育てるには、油断してその好みに任せてはなりません。早く戒めなさい。おろそかにしてはなりません。「予(豫)」を第一とするのは、このためなのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『和俗童子訓』巻之一・総論上一幼き時より、必まづ其好むわざをえらぶべし。好む所尤大事なり。婬慾の戯を好み、淫楽などを好む事、又つひえ多き遊、先早くいましむべし。是を好めば、其心必放逸になる。幼きより好めば、其心癖となり、一生、其好やまざるものなり。いかにいとけなくして、いまだ心に弁なくとも、又富貴の家に生れ、万の事心にかなへりと道に背き、人に害あり、物を苦め、財を費す戯遊の、はかなきわざをば、せざる理なりと云ひ聞かせ、悟らしめて、なさしむべからず。又我が身に用なき無益の芸を習はしむべからず。たとひ用ある芸能といへども、一向に好み過して、其事にのみ心を用ふれば、必其一事に心傾きて、万事に通ぜず、其好む所につきて、ひが事多く害多し。況や益なき事をすき好むをや。およそ幼きより、好む所習ふ事を、早くえらぶべし。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上一凡小児の教は早くすべし。然るに凡俗の智なき人は、小児を早く教ふれば、気くじけてあしし、唯其心に任せて置くべし、後に智恵出来れば、ひとりよくなると言ふ。これ必愚なる人の言ふことなり。此言大なる妨なり。古人は、小児のはじめて能く食し、ものいふ時より、早く教ふ。遅く教ふれば、悪しき事を久しく見聞きて、先入の言、心の内に早く主となりては、後に善き事を教ふれどもうつらず。故に早く教ふれば入り易し。常に善き事を見せしめ聞かしめて、善き事にそみ習はしむべし。おのづから善にすすみやすし。悪しき事も、少しなる時早くいましむれば、去り易し、悪長じては、去り難し。古語に、両葉去らずんば将に斧柯を用ひんとすといへるがことし。婦人及び無学の俗人は、小児を愛する道を知らず、姑息のみにして、唯うまきものを多く食はせ、よき衣をあたたかに著せ、ほしいままに育つるをのみ、其子を愛すると思へり。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上今の人、いかでか教なくして一人知るべきや。聖人は人の至、万世の師なり。されば人は、聖人の教なくては、人の道を知り難し。是を以て、人となる者は、必聖人の道を学ばずんばあるべからず。其教は、予するを先とす。予とは、兼てよりと云ふ意、小児のいまだ悪に移らざる先に、兼て早く教へずして、悪しき事に染みならひて後は、教へても善に移らず、いましめても悪を止め難し。古人は、小児の始てよく食し、能く言ふ時より、早く教へしとなり。富貴の家には、能き人を択びて、早く其子につくべし。悪しき人になれそむべからず。貧家の子も、早く善き友に交らしめ、あしき事に習はしむべからず。凡小児は、早く教ふると、左右の人をえらぶと、是古人の子を育つる良法なり。必是を法とすべし。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上一凡小児を育つるには、始て生れたる時、乳母を求むるに、必温和にして慎み、まめやかに詞少き者をえらぶべし。乳母の外、附き随ふ者をえらぶも、大やう斯の如くなるべし。始て飯を喰ひ、ものを言ひ、人の面を見て悦びいかる心を知る時より、常に其事に随ひて、時々教ふれば、ややおとなしく成りて、いましむる事易し。故に幼き時より、早く教ふべし。もし教へいましむる事おそくして、悪しき事をおほく見習ひ聞習ひ、くせになり僻事出来て後、教へいましむれども、始より心にそみ入りたる悪しき事、心の内に早くあるじとなりぬれば、あらためて善に移ること難し。たとへば小児の手習するに、始風体あしき手本を習へば、後に能き手をならひても移り難く、生改め難きがごとし。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上一小児の時より、早く父母兄長に事へ、賓客に対して、礼を勤め、読書、手習、芸能を勤めまなびて、悪しき方に移るべきいとまなく苦労さすべし。はかなき遊にひまを費さしめて、ならはし悪しくすべからず。衣服、飲食、器物、居処、僕従に至るまで、其家の位よりまどしくばうそくにして、もてなしうすく、心のままならざるがよし。幼き時艱難に習へば、年たけて難苦に堪へやすく、忠孝の勤を苦まず、病少なく驕なくして、放逸ならず。能く家を保ちて、一生の間、幸となり、後の楽多し。もし不意の変にあひ、貧窮に至り、或は戦場に出でても、身の苦なし。斯の如く子を育つるは、誠によく子を愛するなり。又幼少より養豊かにして、もてなしあつく、心のままにして安楽なれば、おごりにならひ、私慾多くして、病多く、艱難に堪へず、父母に事へ君に仕ふるに、勤を苦みて、忠孝も行ひ難く、学問芸能の勤成り難し。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上或は小児の気にさからひたる者をば、理をまげて小児の非をそだて、そらうちなどすれば、驕慢の心いでくるものなり。小児をもてあそびて、我が心を慰めんが為に、様々の詞にて、そびやかし苦め、いかり争はしめて、ひがみまがれる心をつけ、貪りねたむ心ざしを引出す。しかのみならず、父母の愛過ぐる故、あまえて父母を恐れず、兄を蔑にし、家人を苦め、よろづ恣にして人を侮る。いましむべき事をかへりてすすめ、咎むべき事をかへりて笑ひ悦び、色々あしき事どもを見聞かせ、言ひならはせ、しならはせて、やうやく年長じ、智恵いでくる時に至りて、俄に始ていましむれども、其悪しきならはし、年と共に長じ、久しくならひ染みて、本性も等しくなりにたれば、諫を用ひず。幼き時に教なく、年長じて俄に諫むれども随はざれば、本性悪しく生れつきたるとのみ思ふ事、いとおろかに、まどひの深き事ならずや。
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