益軒家訓 / 幼児須教
又恐しき事どもにて、よりよりおどしいるれば、後には臆病の癖となる。武士の子は殊に是を誡むべし。又小兒の才行藝能を譽むれば、驕慢の心出來、屢々誹れば退屈して不進。能く敎ふる者は、進めて矜らしめず、敎の道を知らざる人は、萬ほしきまゝにして、可誡事を却て進め、可咎事を却て笑ひ悅び、さまざま惡しき事を見聞せ、言ひ習はせ仕習はせて、漸く其惡しきならはし年と共に長ずるに至て、俄に誡むれども、久敷習ひ染て、本性のごとくなりたれば聽かず。是において、本性惡敷生れつきたるとのみ思ふ事、いと愚なる事ならずや。
新字:又恐しき事どもにて、よりよりおどしいるれば、後には臆病の癖となる。武士の子は殊に是を誡むべし。又小児の才行芸能を誉むれば、驕慢の心出来、屡々誹れば退屈して不進。能く教ふる者は、進めて矜らしめず、教の道を知らざる人は、万ほしきまゝにして、可誡事を却て進め、可咎事を却て笑ひ悦び、さまざま悪しき事を見聞せ、言ひ習はせ仕習はせて、漸く其悪しきならはし年と共に長ずるに至て、俄に誡むれども、久敷習ひ染て、本性のごとくなりたれば聴かず。是において、本性悪敷生れつきたるとのみ思ふ事、いと愚なる事ならずや。
書き下し
又恐しき事どもにて、よりよりおどしいるれば、後には臆病の癖となる。武士の子は殊に是を誡むべし。又小児の才行芸能を誉むれば、驕慢の心出来、屡々誹れば退屈して不進。能く教ふる者は、進めて矜らしめず、教の道を知らざる人は、万ほしきままにして、可誡事を却て進め、可咎事を却て笑ひ悦び、さまざま悪しき事を見聞せ、言ひ習はせ仕習はせて、漸く其悪しきならはし年と共に長ずるに至て、俄に誡むれども、久敷習ひ染て、本性のごとくなりたれば聴かず。是において、本性悪敷生れつきたるとのみ思ふ事、いと愚なる事ならずや。
現代語訳
また、怖いことを言って、折にふれて脅しつけると、後には臆病の癖になります。武士の子はとりわけこれを戒めなければなりません。また子どもの才能や行い、芸能をほめると、驕り高ぶる心が出てきます。たびたびけなせば、やる気を失って進まなくなります。よく教える人は、励まして進ませつつ誇らせません。教えの道を知らない人は、何事も子どもの思うままにさせて、戒めるべきことをかえって勧め、咎めるべきことをかえって笑って喜び、さまざまな悪いことを見聞きさせ、言い習わせ、し習わせて、だんだんその悪い習わしが年とともに育ってから、急に戒めても、長く習い染まって本性のようになっているので、聞き入れません。そうなってから「生まれつき性質が悪いのだ」とばかり思うのは、なんと愚かなことではありませんか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『益軒家訓』幼児須教一凡小児を教へ育つるに、始て飯を食ひ、初てものいひ、扨人の面を見て悦び怒る色を知る程より、常に絶間なく教ふれば、ややおとなしくなりて、誡むる事なくやすし。故に小児は早く教ふべし。教へ誡むる事遅くして、悪癖に成ては、改むる事なり難し。悪事多く聞馴れぬれば、後には善事を教へても移らず、偽れる事、驕り肆なる事を早くいましめて、必ゆるすべからず。幼より人を欺きいつはる事を、つよく咎むべし。又幼子をあざむきて、偽を教ふべからず。大やう小児の悪しくなりぬるは、父母乳母傅き馴るる人の、教の道知らで、其子の本性をそこなへる故なり。暫啼声を止めんとて、此を得さすべし、彼を与ふべしなどと賺して、誠なき事なれば、即是偽を教ふるなり。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上第一いつはれる事、次に気随にてほしいままなる事を、早くいましめて、必いつはり恣なる事をゆるすべからず。やんごとなき大家の子は、殊に早くいましめ教へざれば、年長じては、勢強く位高くして、諫め難し。凡小児のあしくなりぬるは、父母乳母かしづきなるる人の、教の道知らずして、其あしき事をゆるし、したがひほめて、其子の本性を害ふ故なり。或は暫く泣く声を止めんとて、あざむきすかして、姑息の愛をなす。其事誠ならざれば、則是偽を教ふるなり。又たはぶれに恐しき事どもを云聞かせ、よりよりおどしいるれば、後に臆病の癖となる。武士の子は、殊に是をいましむべし。幽霊、ばけもの、怪く誠なき物語、必いましめて聞かしむべからず。
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『益軒家訓』幼児須教一幼き時の教は、事繁くすべからず。事繁くして煩労なれば、学問を疎んずるもの也。むづかしくして其気を屈すべからず。年数と性質と応ぜざる事を、強て責むべからず。年比に随ひ応じて教ふべし。又生附を見て、其過ぎたるを抑へ、不足を補ひて、中に叶はしむべし。性質の悪しき所を、常に誡め匡すべし。凡小児を育つるに、義方の訓をなすべし。姑息の愛をなすべからず。怠るをゆるす事なかれ。気随をゆるし、私欲を長ずべからず。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上或は小児の気にさからひたる者をば、理をまげて小児の非をそだて、そらうちなどすれば、驕慢の心いでくるものなり。小児をもてあそびて、我が心を慰めんが為に、様々の詞にて、そびやかし苦め、いかり争はしめて、ひがみまがれる心をつけ、貪りねたむ心ざしを引出す。しかのみならず、父母の愛過ぐる故、あまえて父母を恐れず、兄を蔑にし、家人を苦め、よろづ恣にして人を侮る。いましむべき事をかへりてすすめ、咎むべき事をかへりて笑ひ悦び、色々あしき事どもを見聞かせ、言ひならはせ、しならはせて、やうやく年長じ、智恵いでくる時に至りて、俄に始ていましむれども、其悪しきならはし、年と共に長じ、久しくならひ染みて、本性も等しくなりにたれば、諫を用ひず。幼き時に教なく、年長じて俄に諫むれども随はざれば、本性悪しく生れつきたるとのみ思ふ事、いとおろかに、まどひの深き事ならずや。
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葉隠・聞書第一武士の子供は育て様(よう)あるべき事なり。先づ幼稚(ようち)の時より勇気を勧め、仮初(かりそめ)にもおどし、だます事などあるまじく候。幼少の時にても臆病気(おくびょうぎ)これあるは一生の疵(きず)なり。親々(おやおや)不覚(ふかく)にして、雷鳴の時もおじ気を付け、暗がりなどには参らぬ様に仕なし、泣き止ますべきとて、おそろしがる事などを、申し聞かせ候は不覚の事なり。又幼少にて強く叱り候えば、臆病になるなり。又悪癖(わるくせ)染み入らぬ様にすべし。染み入りてよりは、意見しても直らぬなり。物言い、礼儀など、そろそろと気を付けさせ、欲義(よくぎ)など知らざる様に、その外育て様にて、大体の生い附きならば、よくなるべし。又夫婦(めおと)仲悪しき者の子は不孝なる由、尤も母親愚(おろ)かにして、鳥獣(ちょうじゅう)さえ生まれ落ちてより、見馴れ、聞き馴るる事に移るものなり。母親は何のわけもなく子を愛し、父親意見すれば子の贔屓(ひいき)をし、子と一味(いちみ)するゆえ、その子は父に不和(ふわ)になるなり。女の浅ましき心にて、行末(ゆくすえ)を頼りて、子と一味すると見えたり。
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『和俗童子訓』巻之二・総論下此の如くすれば、子弟我が非分なる事をば忘れて、父兄のいましめを怒り恨み、そむきて随はず、かへつて父子兄弟の間も不和になり、相破れて、恩をそこなふに至る。唯従容として厳正に教へ、幾度もくり返し、やうやく告げ戒むべし。是子弟を教へ、人材を養ひ成す法なり。父兄となれる人は、此心得あるべし。子弟となる人は、父兄の怒甚しく、悪口して責め恥めらるるとも、いよいよ恐れ慎みて、つゆばかりも怒り恨むべからず。
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