和俗男子訓 / 巻一・威を示す義家と兵法の二相大悟
又義家或時堀川右大臣の許に參て、圍碁をなせり、然所に、人を殺せる者、刀をぬきもち、內に入て、南庭にはしり通る、義家碁をうちながら、某これにあり、とゞまれと、いはれけれども、聞つけざりければ、雜色はしりつけて、八幡殿のおはしますぞ、とゞまれといふに、犯人おそれて、刀を投て、かしこまりけるを、雜色からめ得たりとあり、武威の逞と、かくのごとし、文武兼備の將といふべし、一藤森崇道盡敬天皇(舍人親王)より相傳ふる兵法に、二相大悟といふあり、二相は、將の智不智なり、勝負虛實さはまる所、各大將の心より出、大將の智不智を以て推はかりさとすを、大悟となづけたり、此祉を弓兵政所と號すると、良にゆゑあり、天皇は神道の達識にて、今古其右に出る人なし、近世に及で、山崎垂加翁偪起して、其統をつげりとなん、(軍書に水銀䟽といふことあり、秘事也、其師についてまなぶべし、)
新字:又義家或時堀川右大臣の許に参て、囲碁をなせり、然所に、人を殺せる者、刀をぬきもち、内に入て、南庭にはしり通る、義家碁をうちながら、某これにあり、とゞまれと、いはれけれども、聞つけざりければ、雑色はしりつけて、八幡殿のおはしますぞ、とゞまれといふに、犯人おそれて、刀を投て、かしこまりけるを、雑色からめ得たりとあり、武威の逞と、かくのごとし、文武兼備の将といふべし、一藤森崇道尽敬天皇(舎人親王)より相伝ふる兵法に、二相大悟といふあり、二相は、将の智不智なり、勝負虚実さはまる所、各大将の心より出、大将の智不智を以て推はかりさとすを、大悟となづけたり、此祉を弓兵政所と号すると、良にゆゑあり、天皇は神道の達識にて、今古其右に出る人なし、近世に及で、山崎垂加翁偪起して、其統をつげりとなん、(軍書に水銀䟽といふことあり、秘事也、其師についてまなぶべし、)
書き下し
又義家或時堀川右大臣の許に參て、圍碁をなせり、然所に、人を殺せる者、刀をぬきもち、內に入て、南庭にはしり通る、義家碁をうちながら、某これにあり、とゞまれと、いはれけれども、聞つけざりければ、雜色はしりつけて、八幡殿のおはしますぞ、とゞまれといふに、犯人おそれて、刀を投て、かしこまりけるを、雜色からめ得たりとあり、武威の逞と、かくのごとし、文武兼備の將といふべし、一藤森崇道盡敬天皇(舍人親王)より相傳ふる兵法に、二相大悟といふあり、二相は、將の智不智なり、勝負虛實さはまる所、各大將の心より出、大將の智不智を以て推はかりさとすを、大悟となづけたり、此祉を弓兵政所と號すると、良にゆゑあり、天皇は神道の達識にて、今古其右に出る人なし、近世に及で、山崎垂加翁偪起して、其統をつげりとなん、(軍書に水銀䟽といふことあり、秘事也、其師についてまなぶべし、)
現代語訳
また義家は、あるとき堀川右大臣のもとに参って、囲碁を打っていました。そこへ、人を殺した者が刀を抜き持ち、屋敷の内に入って南の庭を走り抜けました。義家は碁を打ちながら、それがしがここにいる、止まれ、と言われましたが、犯人は聞き入れませんでした。そこで雑色が走り寄って、八幡殿がおいでになる、止まれ、と言うと、犯人は恐れて刀を投げ出し、かしこまったので、雑色が捕らえることができた、とあります。武威の勢いとはこのようなものです。文武を兼ね備えた将というべきです。藤森崇道尽敬天皇(舎人親王)より伝わる兵法に、二相大悟というものがあります。二相とは、将が智であるか智でないかということです。勝負や虚実が定まるところは、それぞれ大将の心から出ており、大将の智と不智によって推し量り悟ることを大悟と名づけています。この社を弓兵政所と号するのは、まことに理由があります。天皇は神道に通じた方で、古今にその右に出る人はいません。近世になって山崎垂加翁が現れ、その系統を継いだと言います。(軍書に水銀疏ということがあります。秘事です。その師について学ぶべきです。)
解説
この章句が説くこと
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『和俗男子訓』・巻一・老いても衰えぬ志と文武兼備の義家一晉成公二年、齊高固入晉師、桀石以投人、禽之而乘其車、繫桑本焉、以徇齊壘曰、欲勇者、買余餘勇(言己勇有餘、欲賣之)是また勇氣と、膂力とを兼たるなり、一趙溫居は、常に歎ずるに、大丈夫當雄飛、安能雌伏、といひ、王處仲は、老驥伏櫪、志在千里、烈士暮年、壯心不已とうたへり、士たるもの、勇氣を撓まざると、如斯にして、棺を蓋てやむべし、一後漢趙嘉與兄子書云、大丈夫遁無箕山之操、仕無伊呂之勳、天不我與、復何言哉、可立一圓石於吾墓門側、刻之曰、漢有逸民、姓趙名嘉、有志無時也奈何、といへり、丈夫の識趣もつとも感ずべし、一八幡太郎義家は、武勇古今にならびなきのみにあらず、大江匡房につきて、書を讀めり、武衡家衡と戰へるとき、敵伏兵を設けてはかりしに、鴈の連を亂りしを見て、伏兵ありと知て、三十餘人を尋得たり、後に義家われ文の道をうかゞはずは、こゝにて敵の爲に敗られなましと、いはれしとなむ、
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『和俗男子訓』・巻一・三治の教えと奇正の理一軍書に、三治といふ事あり、三治とは、一ッには、大將道を好み、二ッには、任にあたれる人をあつめて、諫をきゝ、三ッには、君臣のあいだ、近くして、下の情よく上に通じ、民に心をつくるをいふ、以上の三ッを、備ふるときは、身おさまり、家おさまり、國おさまる、此故に、三治といふ、天智天皇御製に「秋の田のかりほのいほのとまをあらみわがころもでは露にぬれつゝ」とあり、是民に御心をつけ給ひしなり、一同書曰、戰の利は、奇正のふたつに出ず、奇は陰なり正は陽なり、奇は隱なり正は顯なり、世にあらゆると、皆奇正の二ッにかぎれり、隱顯は、天地の常なり、天に日月あり、人に心氣あり、時に寒暑あり、陰陽虛實を曉す時は、外に勝負の理なし、兵法にては、陰陽を奇正となづく、奇を躰にすれば、正は用なり、正を躰にすれば、奇は用なり、陰陽虛實の理を、よく辨知るの工夫有べし、
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『和俗男子訓』・巻一・風雅の応酬に学ぶ文武の道一むかし二條の三位中將經家のもとに、梅花さかりなりけるに、源三位賴政、其舘の前をすぐるとて、人をよび出して、思の外に參りて侍りと、いひ入けり、是は古き歌に「わがやどの梅のたちえを見るからに思の外に君ぞきませる」とよめる心なり、しかるを、云次の侍、內に入て、源三位殿の申せと侍り、思はざる外にこそ、參て候と申ければ、經家心得ぬやうに、思はれけれども、對面して、かへされけり、後に賴政、事のついでに、かくと語り出て、たがひに笑はれけりとあり、公卿につかはるゝものは、歌の道を心がくべし、武家につかはるゝものは、文武の道を心がくべし、文にも武にもあらず、飽暖逸居して、一生を終るは、武士の號を、ぬすめる人といふべし、
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『和俗男子訓』・巻二・人を推す公正さと、友の名誉を守る心一中比、ある大名、側につかふべき士をえらびしに、諸士の頭役をつとめし者、わが組の中にて、あるものを書出せり、主人つかひけるが、其心にかなはで、もとの組にかへして、又人をえらばせしに、かの頭、同人を書出せり、家老中より、此者は、さきのたび、御心にかなはで、歸し給へるを、又書出されしは、いかゞと問ければ、頭云く、某に御預ありし人の中に、これ程の人はあらず、いくたび御尋ありとも、よき人をさし置て、別人を書出し候はんやと、答へしかば、主人其趣をきゝて、其儀ならば、いま一たびつかひみるべしとて、よび出せしに、甚だ心にかなひ、後には家老にまでなされけり、(此事、或人の物語にきけり、何れの國の事としらず、)一近きころ、ある士、家人を手討にするとて、家人にきられて死せり、かゝる所に、其士の同僚、不圖來りあはせ、やがて家人をきりころし、主人家來を討て、きずをからふりたる所に、行かゝり、介抱しけるが、深手故に、終に死したりといひなし、後日の證據になり、其士の跡をたてさせけり、かくすとすれど、皆人しりて、朋友のまとあるとを感じけるとなん、(右同斷なり、何れの國の事と知らず、)
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『和俗男子訓』・巻二・場の取り方と、戦いの心得かずならずといひて、身を終るまで、己が高名を語らざりけり、是時と幸とを兼得ざる理をしればなり、(□言、場の先といふ事あり是は敵の前後に、まばらざる所を見て、場を取を云、○晝敵に對するには、日をうしろにして、敵を日にむかはしむべし、日にむかひては、まばゆくして、敵を見分ることなし、むかし神武天皇長髓彦とたゝかひ、軍利なかりしとき、我は是日神の子孫にして、日に向て、敵を征ば、これ天道に逆れりと、うれひ給ひしは、神道の一傳授なり、凡人をなぞらふべきにあらずといへども、日にむかふて、勝負することなかるべし、○月夜に敵に對するには、わが身は、月かげのくらき所に立て、敵を月のあきらかなる所に立しむべし、○夜敵と對するには、身をかゞめてすかしみれば、太刀すぢしるゝなり、○坂にて敵と對せば、敵を坂の上に居らしめ、わが身は坂下に立て、たゝかふやうにすべし、おびやかして、足を躓ぐべし、○田の畷、山の細道などの、せばくて、まほりどころなきには、敵にかゝらせて、勝つべし、かくのごとき事、書に載るに、たらずといへども、しばらく童蒙のために、記すのみ、)
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『和俗男子訓』・巻二・小事を慎まねば大事となる一小事をつゝしまざれば、かならず大事となる也、兵書云、不去兩葉、將用斧柯、これをいへり、むかし多田攝津守源賴光の家に、四天王とて、世に超たる兵あり、(美田源次綱(一に渡邊源五ともいふ)、公時、村岡五郎平貞道、平季武、以上四天王なり、近年妄作の書に、酒田造酒允公時、碓水荒太郎橘定光、卜部次官季武など記せり、かつて據なきことなり、信用することなかれ、)其中に、公時は、其智他に超たり、あるとき綱向公時、心の剛になるやうを、敎へよといひければ、公時こたへて、心の剛をならはんと思はゞ、臆病をならひと、いひければ、綱やがて心得けり、是はかならずしも、臆病になれとにはあらず、心ながく案じはからへと、大志あるものは、物とがめをせず、小事をつゝしみて、大事になさじとの慮なりとあり、一心ながく案じはからふといふに、時あり、若事出來たるとき、心ながく案じはからはゞ、圖をはづすと有べし、殊に若きともがらは、はやまりたりといはれたらんは、くるしからじ、おそなはりて、隱したりといはれんは、生涯の瑕瑾と成べし、

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