倭忠経 / 守宰章第五・守宰章 民を愛し国を自ら滅ぼさぬ
人を殺す盜人より。なを是をにくみはづかしむ。かくのごとくなるうへに。上の掟に背。道をおかす者をこそ。誠の科人とは申べけれ。常の産なきときは。つねの心なしと云ひて。たちまち老たる父母。親しき妻子。飢寒におよぶ時は。法をおかし。道にそむくも。下々にしては少は理なり。然るに民を愛し。君の恩澤。遠くひろまり。人々道を守れば。刑鞭かま朽て。刑罰におこなふべき人なし。右に云へるごとく。君の民を愛する事。子のごとくすれば。民また君をおもふ事。父母につかふるがごとし。かくのごとく。國をおさめたらましかば。誰あつて上を犯。亂を起す者かあらん。然れば民の安ずるも亂も。その守護地頭の心によれり。秦の始皇六國の寶をあつめ。咸陽宮を作り。萬々歲とおもふといへ共。民の心なつかざれば。一炬の火に燒亡されしは。民の爲に亡さる。國を亡人。和漢共に考るに。他よりほろぼすと云事なし。先我國を亡して。後他より其國をほろぼすなり。古歌に「朝な〱。木の葉野はらに。吹なして。われと嵐の。聲よはるなり。」と讀歌の心は。あらしの聲のよはるは。われと木の葉を。吹おとせしゆへなり。他よりなすわざにあらずとなり。かくのごとく。民をくるしめいたむれば。その國かならず憂あり。是上の人の我と我身の愁を。まねき出せるものなり。此一章は。國郡を上より傾し預る人は。その國郡をゆたかに治るを。第一の忠とすと。云事を云へり。
新字:人を殺す盗人より。なを是をにくみはづかしむ。かくのごとくなるうへに。上の掟に背。道をおかす者をこそ。誠の科人とは申べけれ。常の産なきときは。つねの心なしと云ひて。たちまち老たる父母。親しき妻子。飢寒におよぶ時は。法をおかし。道にそむくも。下々にしては少は理なり。然るに民を愛し。君の恩沢。遠くひろまり。人々道を守れば。刑鞭かま朽て。刑罰におこなふべき人なし。右に云へるごとく。君の民を愛する事。子のごとくすれば。民また君をおもふ事。父母につかふるがごとし。かくのごとく。国をおさめたらましかば。誰あつて上を犯。乱を起す者かあらん。然れば民の安ずるも乱も。その守護地頭の心によれり。秦の始皇六国の宝をあつめ。咸陽宮を作り。万々歳とおもふといへ共。民の心なつかざれば。一炬の火に焼亡されしは。民の為に亡さる。国を亡人。和漢共に考るに。他よりほろぼすと云事なし。先我国を亡して。後他より其国をほろぼすなり。古歌に「朝な〱。木の葉野はらに。吹なして。われと嵐の。声よはるなり。」と読歌の心は。あらしの声のよはるは。われと木の葉を。吹おとせしゆへなり。他よりなすわざにあらずとなり。かくのごとく。民をくるしめいたむれば。その国かならず憂あり。是上の人の我と我身の愁を。まねき出せるものなり。此一章は。国郡を上より傾し預る人は。その国郡をゆたかに治るを。第一の忠とすと。云事を云へり。
書き下し
人を殺す盜人より。なを是をにくみはづかしむ。かくのごとくなるうへに。上の掟に背。道をおかす者をこそ。誠の科人とは申べけれ。常の産なきときは。つねの心なしと云ひて。たちまち老たる父母。親しき妻子。飢寒におよぶ時は。法をおかし。道にそむくも。下々にしては少は理なり。然るに民を愛し。君の恩澤。遠くひろまり。人々道を守れば。刑鞭かま朽て。刑罰におこなふべき人なし。右に云へるごとく。君の民を愛する事。子のごとくすれば。民また君をおもふ事。父母につかふるがごとし。かくのごとく。國をおさめたらましかば。誰あつて上を犯。亂を起す者かあらん。然れば民の安ずるも亂も。その守護地頭の心によれり。秦の始皇六國の寶をあつめ。咸陽宮を作り。萬々歲とおもふといへ共。民の心なつかざれば。一炬の火に燒亡されしは。民の爲に亡さる。國を亡人。和漢共に考るに。他よりほろぼすと云事なし。先我國を亡して。後他より其國をほろぼすなり。古歌に「朝な〱。木の葉野はらに。吹なして。われと嵐の。聲よはるなり。」と讀歌の心は。あらしの聲のよはるは。われと木の葉を。吹おとせしゆへなり。他よりなすわざにあらずとなり。かくのごとく。民をくるしめいたむれば。その國かならず憂あり。是上の人の我と我身の愁を。まねき出せるものなり。此一章は。國郡を上より傾し預る人は。その國郡をゆたかに治るを。第一の忠とすと。云事を云へり。
現代語訳
人を殺す盗人よりも、なおこれを憎み恥じさせます。このうえで、上の掟にそむき、道を犯す者こそ、本当の咎人と申すべきです。常の産(安定した生業)がなければ常の心がないといって、たちまち老いた父母や親しい妻子が飢え寒さに及ぶとき、法を犯し道にそむくのも、下々にとっては少しは道理があります。ところが民を愛し、君の恩沢が遠く広まり、人々が道を守れば、刑罰の鞭も朽ちて、刑罰を行うべき人もいません。右に言うように、君が民を愛することを子のようにすれば、民もまた君を思うことを父母に仕えるようにします。このように国を治めたなら、誰が上を犯し、乱を起こす者があるでしょうか。ですから民が安んじるのも乱れるのも、その守護・地頭の心によります。秦の始皇帝は六国の宝を集め、咸陽宮を作り、万々歳と思っていたけれども、民の心がなつかなかったので、一つの松明の火で焼け亡びたのは、民によって亡ぼされたのです。国を亡ぼす人は、日本も中国も考えると、他から亡ぼすということはありません。まず自分の国を亡ぼして、その後に他がその国を亡ぼすのです。古歌に「朝な朝な木の葉野原に吹きなして、われと嵐の声弱るなり」と詠んだ歌の心は、嵐の声が弱るのは、自分で木の葉を吹き落としたからです。他から起こした行いではないということです。このように民を苦しめ痛めれば、その国には必ず憂いがあります。これは上の人が自分で自分の愁いを招き出すものです。この一章は、国郡を上から預かる人は、その国郡を豊かに治めることを第一の忠とする、ということを述べています。
解説
この章句が説くこと
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貞観政要・災祥臣聞く、撥乱の業を開くは、其の功既に難し。已成の基を守るは、其の道易からず。故に安きに居りて危うきを思うは、其の業を定むる所以なり。始め有り卒(お)わり有るは、其の基を崇くする所以なり。今、億兆は乂安、方隅は寧謐(ねいひつ)なりと雖も、既に喪乱の後を承け、又た雕弊の余に接す。戸口の減損は尚お多く、田疇の墾辟は猶お少なし。覆燾(ふとう)の恩は著れたり。而れども瘡痍は未だ復せず。徳教の風は被れり。而れども資産は屢々空し。是を以て古人は之を種樹に譬う。年祀綿遠ならば、則ち枝葉扶疏たり。若し之を種うる日浅く、根本未だ固からずんば、黒墳を以て之を壅(つちか)い、春日を以て之を暖むと雖も、一人之を揺らさば、必ず枯槁を致さん。今の百姓は、頗る此に類す。常に含養を加えば、則ち日に滋息に就く。暫く徴役有らば、則ち日に随いて雕耗す。雕耗既に甚だしければ、則ち人は生を聊(やす)んぜず。人は生を聊んぜずんば、則ち怨気充塞す。怨気充塞せば、則ち離叛の心生ぜん。故に帝舜曰く、「愛すべきは君に非ずや。畏るべきは民に非ずや」と。孔安国曰く、「人は君を以て命と為す。故に愛すべし。君、道を失えば、人は之に叛く。故に畏るべし」と。仲尼曰く、「君は猶お舟のごときなり。人は猶お水のごときなり。水は舟を載する所以にして、亦た舟を覆す所以なり」と。是を以て古の哲王は、休(よ)しと雖も休しとせず、日に一日を慎む者は、良に此が為なり。
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